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モモナナじぇーぴー 創造の力

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創造の力とは?

  

6.必ず、創造できる

世界を救うというミッションが、創造を呼ぶ

世界を救うというミッション」という言葉は、違和感があることと思います。自分にはそんな大それたことはできない。ささやかな幸せでいいのだ、と。

それこそが、傲慢なのではないでしょうか。与えず、受けとるだけを希望する。これは謙虚ではありませんし、道理にかなうものでもありません。与えず受けとろうとするから、競争原理に陥ってしまうのです。

ささやかな幸せ

あなたが「ささやかな幸せ」と思っているのは、家族が慎ましく暮らしていくといったことでしょうか。それを「ささやかな幸せ」だと思っているのは、与えたくないからなのでしょう。家族が暮らしていくには、いったいどれほどたくさんを必要とするでしょうか。自分たちだけで生きていけると思っているわけはないでしょう。

あなたがなんとかかんとか生きていくだけでも、世界から非常にたくさんを受けとらねばなりません。ささやかでも何でもありません。だったら、あなたも与えねばなりません。

いやいや、それでも与えたくないのだ。それもいいでしょう。「与えたくない」と思いながら生きていくことができないものでもありません。世の中には、ケチな人がいくらでも生きていけています。

「与える」という意志を持つことには、困難を伴うものです。与えることは、「世界を救うというミッション」そのものなのです。与えれば、世界がこたえます。そこに創造が生じるのです。

世界は原理で動いている
原理のモデル

「与えれば、世界はこたえます」というと、まるで神様がこたえてくれるかのようですね。世界には、意志や思考はないと、私は考えています。世界は、原理だけあるのです。だから、気まぐれや思いつきという事態は生じません。世界の気まぐれで酸素濃度が25%になったりしたら、地球は炎に包まれてしまいます。そんなことは起きたことがないし、これからも起きません。

天体が計算されたとおりに動き、地球上のあらゆる自然現象が、法則の通りに動きます。物を落下させると、たまに上へ向かうなどと言うことは絶対にありません。落下の速度はいつも計算通りです。

世界は、厳密な原理にのっとって、活動しています。

生物も、原理で活動している

生物は、物理や化学の法則が適用できないかに見えます。しかし、生物の体の仕組みも、生態も、科学で解明できる命題です。つまり、法則があるのです。物理や化学ほどシンプルに見えない理由は、エントロピーを減少させる働きをしているからです。

イルカ

つまり、生物は、物理や化学に「さからう」活動をするのです。どんな小さな生き物でも、生命体である以上、何らかの形で、物理や化学に逆らいます。逆らう動機は、おおむね、生命の維持です。

どんな生き物でも、死にたくないし、種をつなげたい。意志があろうとなかろうと、生命の根本原理です。人間も、同じです。

植物は、光合成や寄生によって栄養を得なければ生きていけません。動物は、食糧を得なければ生きていけません。それぞれ、敵や環境から身を守る必要があります。様々な工夫をしながら子孫をつながねばなりません。これが、生物が活動する動機です。そのために、それぞれの生物は、神秘的で絶妙な仕組みや能力をもっています。

これを世界から見ればどうなるでしょう?

生物が活動すれば活動するほど、世界は多様性が増していきます。あらゆる生物は、多様性を増す結果となるような活動をしています。多様性を減じるような活動をすることはありません。多様性は、進化であり、成長であり、創造なのです。

生物の大絶滅でさえ、多様性を増す結果をもたらしているのです。

人類も、原理で成り立っているのだろうか?

全ての生物は、多様性を増すという原理で、存在し、活動しています。多様性を増すとは、いいかえると、「世界を救うという原理」なのです。小さな微生物が、世界を救おうという意志を持っているとは、考えられません。しかし、世界の原理の中で存在し、活動しています。その存在も活動も、世界を救うことそのものなのです。

意志

では、人類は、どうなのでしょう?

人類は、他の生物よりもっと複雑です。というのは、全ての生物に共通な「エントロピーの減少」のみならず、「自由意志」を持つからです。

意志の側に視点を置いて見ると、無限に複雑です。自由意志ですから、法則や原理で理解することは容易ではなく、そもそも「自由」に反します。人間の意志に法則や原理などあってはなりません。

しかし、「1つである世界」に視点を置いて見ると、人間が意志をどう使えば世界がどう反応するかという原理はあってもおかしくありません。むしろ、そのような原理がないと考える方が無理があります。

人類はこれまで、殺し合いや戦争や人権蹂躙、略奪、環境破壊など、あらゆる悪事を尽くしてきました。かたや、偉大な発明や創造、愛、協力など、美しさも発揮してきました。じつに多様性を増してきたではありませんか。人類は、多様性を減じる方向には進んでいません。多様性を増す方へ進み続けています。

人類には、意志があるゆえに、さらに多様性を加速していきます。人類は、生存のためだけでなく、幸せを求めて、意志を使います。他人を殺すことで幸せが得られると思うこともあります。他人から奪うことで幸せになれると思うこともあります。他人を奴隷扱いすることで幸せになれると思うこともあります。いっぽう、愛を与えることで幸せになれると思うこともあります。自分が犠牲となることで幸せになれると思うこともあります。社会へ貢献することで幸せになれると思うこともあります。

何を幸せと感じるかということじたいが、人によって無限に多様です。しかし、世界から見ると、人間は幸せを求めて意志を使うがゆえに、多様性が加速するという原理があります。大虐殺も、偉大な愛も、多様性を加速しているのです。

しかし、世界が求めるものは

しかし、人類は、戦争や略奪や人権蹂躙で幸せを感じることはできません。そのようなことを通じて得をする人がおり、このような「好ましくないこと」はなくなりません。しかし、多くの悲しみや苦しみを生じてしまい、そうではない方向を求めたくなります。

幸せというものが複雑で、一筋縄ではいかないことが、人生の深さを作りだしています。幸せとは「得る」ものだと、人間には感じられます。だから、どんな手を使ってでも得ようと思いがちです。それが、競争原理を生み出します。

世界から見ると、幸せがあまりに複雑なため、人間が苦労して回り道して幸せを求め続けるので、いっそう多様性が加速されます。

人間の欲求として最も高次なものは、自己実現でしょう。じつは、自己実現は、得られるものではありません。与えることによって実現できる願望なのです。与えることが、最も自分の幸せにつながるのだと確信できたとき、人は迷わず道を進めます。どんな古典も、現実の偉大な人たちも、最近のマンガやアニメでさえも、このような原理で作られています。

多様性が増せば増すほど、成長や創造につながる理由は、救う側も救われる側も増えるからです。

世界は、絶対に完成しません。どこまでも多様性が増し続けるでしょう。人間は、自分の立場や環境で、必ず何かを救えます。救うための意志を持つことが最も幸せをもたらすなら、世界の原理に最もマッチするのが、「世界を救うというミッション」なのでしょう。世界は、世界を救うことを求めています。といっても、世界に意志はありません。世界を救うという原理がただあるのです。

原理があるということは

原理があるということは、必ずそうなるということを意味します。世界は神の気まぐれで動いているわけではありません。

寸分の狂いもない原理で動いているのです。その原理は、多様性の側から見ると、おそろしく複雑で、おそろしく多様に見えます。1つには見えません。

1つに見えるのは、人間の幸せを求める心がそうさせるのです。

人類の知恵、すなわち、世界中の宗教、神話、古典文学、伝説、昔話、文化、最近の小説、ドラマ、マンガ、アニメ、そして現実に何かを成し遂げた人たちの人生、何を見ても、この原理をただシンプルに示しています。これ以外の原理は世界に存在しません。

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