平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[004]仏の顔も三度

  

 

私たちは、望もうと望むまいと、「世界を救う」というシンプルな原理で生きています。

世界を救うためには、マイナスの状況が必要です。そこに、学びと気づきが生じ、未来を創る行動が生まれます。

逆に言うと、学びと気づきがすでにあるなら、マイナスの状況は不要となります。かといって、学びと気づきがもたらされなければ、マイナスの状況は、エスカレートしながら繰り返されます。個人であろうと、世界であろうと、この仕組みは同じです。世界は、発展へ向かいます。衰退や滅亡へ向かうことはありません。

形ある物はいつか壊れますし、生あるものは、いつか死にます。しかし、世界の原理はなんら変わりません。私たちは、世界を救うために生まれてきて、世界を救うために死んでいきます。私たちは、世界から救われつつ生きています。世界を救うことを拒否して生きることは不可能です。

世界は、私たちを罰したり破滅させたりしません。いきなり破滅的な災害が起きるわけではありません。災害は必ず起きますが、どのような被害が出るかは、未来が確定しているわけではありません。気づきが必要でない災害なら、被害は出ないでしょう。大きな気づきが必要なら、大きな被害が出ます。

私たちは、だれも悲惨な目にあいたいと望んではいません。私たち自身が気づきを必要としているとしても、悲惨な被害は避けたいものです。マイナスの状況は、まず、小さめに起きます。そこで気づきを得るなら、それ以上の災難は生じません。気づきが足りなければ、大きめのマイナスが起きます。それでも足りなければ、3度目は破滅的な状況になりかねません。4度目はすでに気づきが生じるようなレベルではないでしょう。

東日本大震災は原発震災であることが特徴です。では、最初の原発震災は、というと、2007年の新潟県中越沖地震でした。東京電力柏崎刈羽原子力発電所が損傷し、小量の放射能が漏れました。実質的な放射能被害はなかったようですが、原発震災であることは間違いありません。しかし、私たちは、気づきを得ませんでした。

東日本大震災では、チェルノブイリを上回る放射能漏れを起こしました。史上最悪の原発事故です。もはや、国民の多くが、原発に嫌気が差しています。2011年3月10日までとは、状況が一変しています。それでもなお、原発を推進したい人たちもいて、原発については、拮抗状態です。

東日本大震災では、あれほどの放射能漏れを起こしながらも、大爆発はしていません。もし、大爆発をしていれば、日本国内に人が住めなくなったかもしれません。じわじわと漏れていきました。

結果的に、多くの国民は、避難するタイミングを失しています。なんとなく高放射能地域にも住み続けています。今後、どのような影響が出てくるか、想像に難くはありません。チェルノブイリのような大爆発を起こしていない分、避難が進んでいません。これは、決定的に東日本大震災の性格を形作っています。

今はまだ、放射能による凄惨な被害が現実となっていません。私たちが速やかに必要な気づきを得れば、被害は大きくならないでしょう。そうでなければ、じわじわと被害が大きくなっていくでしょう。

そして、かなり可能性が高まっているとされる関東大震災も、私たちが必要とすれば、大きな被害を伴って発生するでしょうし、必要としなければ、小さな被害で終わるでしょう。東日本大震災で必要な気づきを得たかどうか。気づきだけでは足りません。世界を救うアクションを起こさねばなりません。

原発は大きな課題ですが、必要な気づきは原発だけではありません。津波の被害は原発とは関係ありません。あの壮絶な津波被害から、私たちは、何を学ぶべきなのでしょうか?

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