平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[039]教育

  

 

ほんらい、学校教育には、マニュアル的な側面が強くありますが、今の学校教育はとてもマニュアル的になっていると、多くの人が指摘しています。そればかりか、医療の現場もマニュアル的になりすぎていると、最近よく言われます。

お医者さんが、患者を見ずに、モニタ画面ばかり見ているというのは、ブラックユーモアですね。お医者さんは、人間を治療するのではなく、コンピュータを診察しています。そのうち、コンピュータが人類を支配するのでしょうか? かつてSFにあったお話が、現実になりつつあるのでしょうか?

学校で教えている「勉強」は、[そこでの文脈]を排除しています。どこで誰が教えても同じになるよう、作られています。[そこでの知]とは異なる知のように見えます。

私は、ほんらい、人間には[そこでの知]しかありえず、普遍的な原理が[そこでの文脈]で表現されることで、[そこでの知]が生じると考えていますが、学校の[そこで]を排除した知は、[そこでの文脈]を排除するとともに、普遍的な原理も排除してしまっていると考えられます。

学校で教えている内容が間違っているとか、悪いことだと言っているのではありません。先生が悪いわけでもありません。[そこで]の排除に向かう学校のシステムが問題なのです。

これは、学校だけでなく、医療でも、急速に[そこで]の排除が進んでいます。だから、人間などと言う個別で具体的な対象ではなく、コンピュータへの依存度を高めていくのでしょう。

[そこで]の排除がなぜ問題なのかというと、脱原理化が問題の核心なのではないかと思います。

すなわち、愛の欠如。

人間へのあたたかいまなざし。やさしさ、思いやり。尊敬。友情。平和。自他の幸せ。協力。貢献。自主、自立。

普遍的な原理から生じるこういった価値観が、薄らいでいきます。完全に消えてしまうわけではないでしょう。しかし、別の原理が取って代わろうとします。

「競争原理」

勝たねばならない。失敗は避けるべし。無駄の排除。効率化。即、成果。管理。ノイズの除去。人間がシステムに合わせるべし。

普遍的な原理は、世界中の共存共栄を促しますが、「もうひとつの原理」は、「私が勝つこと」を促します。

「もうひとつの原理」が世界を支配することはできません。原理そのものが存続不能な矛盾を抱えているからです。

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