平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[045]幸せが見えない時代

  

 

20世紀には、幸せの追求は、主として「豊かになること」だったでしょう。

その欲求が、急速に文明を発達させました。物質的な豊かさはほぼ満たされ、先進国に住む多くの人たちは、便利なモノであふれかえっています。これ以上、何を求めましょうか?

では、私たちは、その分、十分な幸せを手に入れたのか?

どうもそうではなさそうです。20世紀には、豊かになれば幸せになれると信じていたのに、あまり幸せを実感しにくいです。ブータンが幸せ度世界一と言われても、じゃあ、あなたも明日からブータン国民になりますか?って問われると、「そうしましょう」とはなかなかいきません。

ブータンの方々が、ステキな生き方をされていることを十分了解したとしても、やっぱり、ブータンより日本が、物質的に豊かだし、この豊かさは手放したくありません。

最近、「幸せとは何か」というテーマへの関心が高まっているようです。物質的な豊かさが、即幸せをもたらすものではないことに、私たちは気づきつつあります。物質的な豊かさが間違っているとか、不要だとか、そんなことはありません。

豊かさは、多くのことを実現し、多くの問題を解決します。

なのに、幸せは、別のところにありそうです。

「幸せとは何か」というテーマは、新しい時代のものではありません。はるか昔から、人類の永遠のテーマでもあります。しかし、その答えは、私たち人類の叡智の中に、明確に見て取れます。

世界を成り立たせているたったひとつの普遍的な原理「世界を救う」という生き方をすること。これにつきます。

この世の中の、どんな自然も、どんなできごとも、どんな人も、どんな歴史も、どんな宗教も、どんな科学も、世界を救っています。

世の中には、戦争や差別や虐殺や犯罪や災害や不条理なできごとが数多くあります。

それらは、「正しい」わけではなく、「許される」わけでもなく、「合理的な理由がある」わけでもありません。でも、そのようなできごとさえ、世界を救うために存在し、貴重な学びを私たちに提供しています。

そして、それらの不条理なできごと、苦しみ、悲しみに真摯に向き合うことで、幸せがもたらされることが、ありとあらゆる人類の叡智に示されています。

「真摯に向き合う」とは、どういうことでしょうか。

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