平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

モモナナじぇーぴー

メイン
創造の力

創造の力

[047]幸せへの落とし穴

  

 

幸せを手に入れるための第一条件は、「世界を救うという原理」を学ぶこと。

私たちが認識できたり体験できたりすることのすべては、世界そのものですから、どんなことからでも学べます。書物、体験、できごと、テレビ、マンガ、インターネット・・・

とくに、苦しい状況や悲しい状況にいるなら、そこからはぜひとも学ぶべきです。

しかし、絶対に気をつけねばならない落とし穴があります。多くの人が、ここに陥ります。

「世界を救うという原理」は、あくまでも原理であって、理論ではありません。どういうことかというと、「世界を救うとは、○○することである」という言い方ができないということです。つまり、正義とか、善とか、正解といった絶対的な価値基準は存在しないということです。

世界を救うという言葉からは、正義や善を想像するかもしれませんが、世界を救うという原理は、世界そのものです。世界そのものに、善も悪もありません。自分が善と思ったり悪と思ったりするのは自由ですが、すべての人に共通して成り立つような善も悪もありません。

人を殺すということでさえ、特殊な環境では、善になり得てしまいます。例えば、戦争、死刑など。あなたは、「そんなもの、考えるまでもなく悪だ!」と思うかも知れません。でも、別の人は、そうは思わないかもしれません。だったら、誰かが判定しないといけなくなってしまいます。

「好ましくない」とか、「私は嫌だ」と思うのは、主観ですから、問題ありません。他人を縛るような価値判断は、非常に危険です。

戦争や虐殺は、ほとんどが、正義の名の下に行われます。

では、人を殺しても良いのか? そうではありません。私たちは、長い歴史において、悲惨なできごとを数多く経験してきました。人類の歴史は、おおむね、戦争と虐殺の歴史です。そうして、私たちは、戦争や虐殺や殺人がない社会を希望し、少しずつですが、実現しつつあります。善であるとか、正義であるとか、そんな問題ではなく、私たちが数多くの学びの末に、人を殺さない社会を望んで、そのような社会を自ら作りつつあるのです。

絶対的な価値基準は、妄想です。なぜなら、世界は、けっして一様ではありません。矛盾に満ち、不条理に満ちています。それが、世界のあるがままの姿なのです。

正義、善、正解などといった絶対的な価値基準は、世界を救うという原理とは、まったく異なるものです。世界を救うという原理は、価値基準ではありません。なぜなら、世界を救うという原理は、矛盾に満ち、不条理に満ちているからです。その矛盾や不条理をすべて、たった1つの世界が抱えているのだという現実そのものが、「世界を救うという原理」に他なりません。

前へ前へ  TOPTOP  次へ次へ