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[048]世界を救うという学び

  

 

幸せを手に入れるための第一条件は、「世界を救うという原理」への学びです。

学ぶということは、学校の勉強とはずいぶん違います。というか、まるで違います。学校の勉強は、「当然あるはずの正解」を習得することです。つまり、絶対的な価値基準らしきものを持ち込んでいますね。

世界は、矛盾や不条理に満ちており、○か×かという発想は無意味です。この矛盾や不条理は、なぜそう見えるかというと、私たちが勝手にそう思っているだけに過ぎません。だって、世界は1つですよ。どんな出来事も、知識も、世界そのものです。私たちの見ようによって、矛盾や不条理と見えてしまうだけです。

私たちは、矛盾や不条理に遭遇すると、その理由を考えたくなります。
「なぜ私だけこんな目にあうのか」
「なぜこんなに悪い人がいるのか」
「なぜ、あの人はうまくいって、私はうまくいかないのか」

ふつうだと、その答えは、なかなか見いだせません。

ところが、「世界は、世界を救うという原理で成り立っている」という目で見れば、了解しやすくなります。矛盾や不条理を納得できず、苦しむのは、自分中心の世界観だからです。世界とは別に自分が存在し、世界は自分の思うようになるはずだという前提に立っています。だから、自分と世界の乖離を矛盾や不条理と感じてしまうのです。

世界を救うという原理は、世界中心の世界観です。自分は、世界そのものです。自分を捨てるのではありません。ありのままの現実をそのまま受け止めることです。

「世界を救うという原理」を学ぶということは、つまりは、現実をありのままに見るということに他なりません。

だから、どんなことからでも、学べます。自分の体験、読書、インターネット。学校の勉強も、そういう目で見るなら、学びになり得ます。学びにならないものは、存在しません。

とはいえ、世界をより深く知ろうとするなら、できるだけ、多面的で多様な学びの方が、好ましいといえるでしょう。それはつまり、矛盾が大きいほど、不条理が大きいほど、学びが深くなるということです。矛盾や不条理を排除しようとすると、学びが浅くなります。

自分が経験しうる範囲を超えて、多くの人と交流し、または、書物などで多くの人の体験に触れることで、学びは深くなります。

ただ知るだけでは不十分です。「世界を救うという原理」をふまえて知ることです。すると、私がなぜここにいるのか、といった、根源的な問いにも、自分なりに答えが見えてくるはずです。世界を救うためです。

ただし、世界を救うという原理は、理論ではありません。つまり、人によって、世界を救うとはどういうことなのか、という答えが、千差万別となります。

あなた一人で世界を救うことはできません。なぜなら、あなた一人が世界に存在しているわけではないからです。

しかし、あなたは世界を救うことができます。なぜなら、あなたは世界に存在しているからです。

あなたが世界を救うというという行動は、あなたにしかできません。なぜなら、あなたは2人として存在しないからです。

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