平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[051]戦争の歴史から学びを得るとは?

  

 

人類の歴史は、戦争と殺戮の歴史です。そしてまた、戦争と殺戮ほど、不条理なできごとはありません。

世界で起きるすべてのできごとは、「世界を救うという原理」で生じています。どんな不条理なできごとでさえも。

そうすると、戦争を肯定するのか? 少なくとも必要悪だとするのか? と問われそうですが、そんなことはありません。戦争は、多大な苦しみと悲しみをもたらします。どうあっても私には許容できません。

だからといって、戦争は誤りであると断じるのは、とてもマズイことです。なぜマズイかというと、×であると判定を下した時点で、学べなくなってしまうからです。

歴史の研究や勉強は、「どうやって戦争が起きたか」という、経緯を明らかにしようとします。
私が言う学びとは、「どうして戦争が起きたか」という、出来事が持つ意味を知ろうとします。

×であるなら、意味など考えても無駄です。存在すべきでないのですから。

これと同じことを、私たちは、日常的に、とても多く繰り返しています。何かに対して、○か×か評価をしようとしてしまいます。良いことなのか、悪いことなのか。善か悪か。正しいか誤りか。考えることは大事なことですが、断定的な評価を下すことは、学びの停止をもたらします。

世界で起きるできごと、私たちに起きるできごとは、すべてが偶然の連続でしょうか?

もしそう考えるなら、私たちの人生は、偶然に対して備えるだけの人生になってしまいます。受け身にしか生きようがありません。

しかし、人類の叡智(宗教、神話、民話、あらゆる文化)は、私たちが主体的に生きることで、創造の力を使えると、強く示しています。これはつまり、世界のすべてのできごとは、1つの原理で生じているのであり、その原理に対して私たちは主体的になることができるという意味です。

世界は、世界を救うという原理で動いている。おかしな言い方ですが、言葉にするなら、そうとしか言いようがありません。すべての生き物、人間、自然、人工物、出来事などは、すべてが、世界そのものです。

戦争も、人間が勝手にやったのでありながら、それもまた世界そのものです。世界を救うことのないものは、存在できません。

「どうして戦争が起きたか」を学ぶための、最も確実な方法は、「その戦争によって、何が変わったか」を見ればよいです。

どの戦争も、結果として、国境の変更を伴います。国家が消滅したり、誕生したりという場合も多々あります。勝った国は負けた国の文明や人々を我がものにします。そして、次は、勝敗が逆転し、逆の動きが起きます。モンゴル帝国のように、壮大な虐殺を伴いながら、短期間で広大な国家を作り、短期間で消滅していくと、広域の移動が生じます。

ギリシアの進んだ文明は、イスラムがうけついで発展させ、それをヨーロッパが取り入れてさらに発展させていきます。アジアへも広がりました。戦争、征服、侵略無しには、この動きはなかなか生じません。

そして、国境が激しく移動することで、言語が共通化したり、社会の仕組みが発展しつつ似たものになってきます。

戦争が繰り返し起きたことの意味は、このへんにありそうです。

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