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創造の力

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[054]革命は自由を実現しない

  

 

現在、世界中で国家が弱まりつつあります。多くの人が実感として感じてもいるでしょう。

日本だけでなく、世界中で同時進行しています。民主主義であろうと、共産主義であろうと、王政であろうと、同時に弱まりつつあります。こんな時代は、今までにありませんでした。

世界史では、ある国家が弱まると、他国に侵略されたり、自国で政変、あるいは革命がおきました。ところが、今は、世界中で同時進行し、「次」が見えません。

世界の歴史上、何度か革命がありました。人々が圧政に苦しんで、より良き世界を実現させるために立ち上がったのが革命ですが、革命は、意外と良い結果には至りません。独裁を倒して、より強い独裁を生んでしまったとか、圧政を倒して、より強い圧政を生んでしまったとか。

とくに、流血を伴う革命が良い結果に結びつくことはなかなか難しいです。これは、世界を見れば、一目瞭然です。

いかなる大義ある暴力も幸せをもたらさないという学びが得られそうです。

そして、もうひとつ。

私たちにとって、「自由」は「圧政」以上に耐えがたき困難であるということも。

革命によって、自由を手に入れられるかもしれないはずなのに、人間は、自分の自由を、よりマシな誰かにゆだねようとします。自由を誰かにゆだねることが、圧政や独裁を生むのです。「よりマシな誰か」は、人々に自由をゆだねられたとたん、豹変します。

政変は、民衆はあまり関係ないところで、政治主体が交替することです。

革命は、底辺の民衆が主導しているはずなのに、その民衆は、良くならない。民衆が望んでいるのは、自由ではなく、「善良な独裁者」なのです。自由は、必ず責任を伴います。責任無き自由はあり得ません。自分は責任を持たないが、自分の思うような世の中が実現してほしい。そのために必要なのは、「善良な独裁者」しかありません。人類の歴史上、まれにそのような国王が存在したこともありますが。

多くの場合、権力は人を狂わせます。

近代民主主義国家には、独裁者はいません。ほんとうに、自由を望むなら、平和的に自由を実現する方法はいろいろあるでしょう。

しかし、人間は、自由を望みません。むしろ、怖れます。自由への恐怖が、恐怖政治を生み出してしまいます。

なのに今、国家が薄れつつあり、我々は、自由を持たざるを得なくなっています。自由を怖れれば怖れるほど、虐殺や戦争よりも怖ろしいと感じるかもしれません。

なぜ、自由がそんなに怖いのか?

それは、私たちが、自由を誤解しているからです。その誤解が、恐怖や独裁を生み出すのですが。

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