平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[069]世界は永遠に未完成だが、常に完璧

  

 

「自分は何をしたいのか」と、問いつづければ、世界を救うというミッションに行きます。

じつは、世界を救うというミッションは、まったく具体性がありません。当然です。世界を救い終える状態をイメージできないからです。おそらく、世界とは「完成」されてはならないものなのでしょう。

もしかしたら、世界は、誕生したときからずっと、完璧であったと言って良いかも知れません。大自然の躍動(人間から見れば、災害、カタストロフィ)、生物の大量絶滅(地球史で5回あったと言われます。最後が恐竜の絶滅です)、人間が引き起こす戦争、環境破壊など、たえず出来事がおきているのに、世界は進化・発展をし続けています。カタストロフィでさえも、世界を救う出来事であると見ることもできるでしょう。

でも、私たち人間は、苦しいこと、つらいこと、悲しいことを好むことができません。そこで、何とかしようと、一生懸命、考え、努力します。ほんとうに力を発揮するのは、ピンチにおいてです。

大きな苦難を乗り越えた人は、同じことを言っていることに気づきませんか?

例えば、難病を乗り越えた人は、「同じ病気で苦しんでいる人を助けたい」とか、
犯罪被害で苦しんだ人は、「犯罪被害者を救いたい」とか、
薬物中毒で苦しんだ人は、「薬物中毒で苦しむ人をなくしたい」とか。

自分がどんなに大きな苦しみを受けようとも、それによって、人々が苦しまないように力となりたいと思いたった時点で、苦しみが消え、躍動的な人生に転じていきます。

苦しめば苦しむほど、「幸せが欲しい」と、受けとることを必死に願いますが、願えば願うほど、泥沼にはまりがちです。じつは、「幸せを与えたい」という思いによってこそ、苦しみが消え、望む幸せが近づきます。

世界が完璧であるからこそ、世界に存在するものすべては、世界を救おうと、働きます。人間も、世界を救うために人生が動き、世界を救うという意思を持てば持つほど、「幸せ」を感じるようにできています。そうでなければ、世界が成り立ちません。過去も現在も、世界は完璧に成り立っています。だからこそ、世界を救うことが、世界の原理であるはずです。

これは、道徳でも、宗教でもありません。信じる者は救われ、信じない者は救われないという区別がありません。だって、信じようと、信じまいと、世界で生きていることに変わりありませんから。

あなたがどう考え、どう生きようと、私がとやかく言う権限はありません。あなたの人生は、あなたの人生です。人類は、はるかな昔から、様々な形で、幸せに生きる方法を語り伝えています。世界中の神話や宗教や、昔話や、個人の体験、文学作品、歴史、科学、文化など、どれをみても、世界の原理を示しています。原理とは、あなたに対する命令や強制ではありません。でも、もし、あなたが幸せについて考えたいとか、幸せを求めたいとか思うなら、いったん立ち止まって、世界を考えてみてはいかがでしょうか。

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