平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

モモナナじぇーぴー

メイン
創造の力

創造の力

[075]インターネット以後の世界

  

 

インターネットが爆発的に普及したのが、1995年から2000年にかけてです。

そのあたりで世界は大きく変わってきています。とはいえ、今までの世界が消えて無くなるのではなく、新しい世界と旧い世界が同居しているような感じです。そのことに混乱をきたしていると見えるケースが、とても多いです。

インターネットは、情報のあり方を変えました。それは、単なる技術革新ではありません。20世紀までは、情報が一方通行でした。だから、情報を発信する側と受ける側が、明確に分かれ、発信する側には、力(権威、権力)が存在しました。インターネットは、個人が自由に発信できるので、かつての権威や権力が無意味です。

そのことは、個人のあり方を強く変えてしまいます。与えてもらう、指示してもらう、守ってもらうというスタイルは、成り立ちません。自分で考え、自分で判断し、自分で選択し、自分で行動することを、インターネットは全ての個人に求めます。「寄らば大樹の陰」も「長いものに巻かれろ」も「郷に入れば郷に従え」も、インターネットは過去の遺物としてしまいます。

要は、自分の人生を自分で生きることを、インターネットは強く求めています。インターネットとは、そのような性質を持っているので、そのような方向に向かわざるを得ません。インターネットが短期間に爆発的に普及したのは、世界中の人々が、「自分の人生を自分で行きたい」と望んでいるからなのでしょう。

20世紀までは、人々は、そんな望みをもっていなかったはずです。国家に守ってもらうとか、地域社会で生きるとか、会社に守ってもらうとか、共同体をベースにしていたはずです。インターネットは、共同体から、個人へとシフトを促します。

通貨が光速化し、経済が世界規模で大きく速く動くようになりました。しかも、通貨が現ナマではなく、通貨そのものが記号化された電子情報なので、実際にある通貨の量よりも、はるかに巨額の経済が動いています。そして、その、コントロールできない経済が、私たちの日常生活を振り回しています。失業、リストラ、倒産、減給、売上低迷、貧困、ワーキングプア、非正規雇用問題・・・こういった私たちにとって身近で切実な問題は、インターネットが創り出す新しい世界が引き起こしています。

さらに、経済の空洞化、社会保障の行き詰まり、国家財政の行き詰まり、社会不安の増大、政治の機能低下、経済危機・・・こういう大きな問題も、個人の抱える問題と同じで、インターネットが創り出す新しい世界が引き起こしています。

インターネットが悪いのではなく、新しい世界が、旧い世界と摩擦を起こしているのです。私たちは、新しい世界にも、旧い世界にも住んでいます。1人の人間が、どっちの世界に住むか、ではなくて、全ての人が、両方の世界に住んでいます。

こういう問題への対応の最もマズイやり方は、新しい世界によって生じた問題を、旧い世界で解決しようとすることです。つまり、上記のような問題への解決策は、縮小へ向かうことです。どんどん切り詰めていき、少ない収入でやりくりしようとか、少ない税収でやりくりしようとか、増税しようとか、経費削減しようとか。これは、自ら消滅へ向かうだけです。

新しい世界で生じた問題は、新しい世界で解決策を見るべきです。

私たちは、自分の人生を自分で生きましょう。そのような世界をあなたは怖れていますね。人類の歴史上なかった世界なので、モデルがありません。まったくの未知です。でも、その世界を創り出したのは、あなたも含めて、人類なのです。戦争や虐殺は、自分の人生を他人にゆだねるべきでないという学びをもたらします。その学びを自ら得るなら、もう今後は、戦争も虐殺も必要ないはずです。

自分の人生を自分で生きるということは、同時に、共同体を不要にします。地域、会社、国家・・・

でも、人間は、一人では生きられません。共同体によらず、個人が自立しつつ助け合い、協力し合う仕組み。そんなものが可能だろうか。少なくとも、ネット上では、その萌芽が見られます。

前へ前へ  TOPTOP  次へ次へ