平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[085]21世紀の共同体

  

 

21世紀にはいって、グローバリゼーションが共同体を破壊しています。国家、会社、地域社会・・・

グローバリゼーションを進めている新自由主義を悪の根源と見なし、批判する人も多いです。たしかに、世の中が混乱し、それによって苦しい思いをしている人々はきわめて多いし、かたや、この流れに乗って、「いい思い」をしているように見える人々を「ずるい」と思う気持ちもわからないではありません。

私は、批判には同調しません。なぜなら、世界は、たえず成長をし続けていますし、戦争によらないのであれば、他の方法で成長が促されますから。戦争よりははるかにマシです。成長とは、変化であり、変化は、何らかの形で現状を破壊します。現状の破壊は、現状に依存している人へ、苦難をもたらします。

変化を批判しても詮無いことで、変化にどう対するか、という考え方のほうが大切なはずです。だから、私は新自由主義もグローバリゼーションも、賛同も批判もしません。

私自身がノマドを目指すかどうかも、あまり重要な問題ではありません。私のまわりには、家族のみならず、親兄妹、地域の人たち、友人たち、その他、大勢の人がいます。その中の大部分は、ノマドになれませんし、なりたいとも思わないでしょう。私がどのような生き方をしようとも、この世界の中で、近い人も遠い人も、ともに手を取り合って生きていきたい。

20世紀までは、良かろうと悪かろうと、ともかくも、国家が社会の仕組みをつくり、私たちはそれにそって生きていれば良かった。21世紀には、国家がなくなるかも知れませんし、残ったとしても、役割をかなり小さくしていくでしょう。会社が従業員を守るしくみも、かなり小さくなっていくでしょう。

ノマドかどうかにかかわらず、知識労働者が世の中をリードし、動かしていくことは、間違いありません。それは、20世紀型のエリートではありません。20世紀型のエリートは、創造の力を使うのではなく、正しく手順をたどる力を使います。21世紀の知識労働者は、創造の力を駆使しなければいけないでしょう。

しかし、それを、人々全員に求めてはいけません。知識労働者が生きていけるのは、まさに地道に働く人々のおかげであり、けっして見下したりバカにしたりしては、世の中、まわりません。知識労働者がいかに創造の力を使おうとも、労働者たちが一生懸命働いてくれなければ、彼ら自身では何もできません。

よく言われることですが、上下関係ではなく、水平型の人間関係となるでしょう。知識労働者が核となって、コミュニティをつくっていくでしょう。多くの人々は、自分の意志で、どのコミュニティに参加するかを、選択できるはずです。20世紀には、地域コミュニティというと、自分が住んでいる地域であって、そこに住むなら選択はできません。田舎だと、生まれるところを選択できないので、地域を選択できないことになります。会社であろうと、国家であろうと、なかなか思うようには選択できませんでした。

21世紀のコミュニティは、自発的なコミュニティに、自由に参加し、気に入らなければ、コミュニティを自由に変更できる。そして、コミュニティが、社会保障を何らかの形でになっていく。そんな仕組みになっていくでしょうか。

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