平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[090]コミュニティへの参加

  

 

21世紀には、これまでの共同体がなくなっていきます。国家、地域、会社・・・

そして、自分の人生を自分で選ぶことが必須となっていくでしょう。20世紀までは、生まれつきレールが決まっていたり、共同体の選択の余地がほとんどなかったりしました。それは、自由ではありません。

人類は、自由を求めて、闘ってきました。自由とは、人生を選択する自由です。しかし、人類は、自由を怖れます。いかんともしがたい矛盾です。最も怖ろしい「自由」を求めて、命がけで闘う。何ということでしょう!!

私たちは、ほぼ自由を手に入れつつあります。自由とは、既存の共同体の破壊です。20世紀までの共同体は、個人の自由の上に立つものであり、自由を制約してきました。

どうして、田舎の若者が都会へ流出するのですか? 自由を求めてでしょう。やむを得ずではありません。田舎でも生きる道はあるのに、自由を求めて、新天地へ向かうのです。「命より大事な田畑を譲ってやると言うてるのに!!」と親が言っても無駄です。若者が欲しいのは、自由なのです。自由とは、既存のコミュニティからの脱却です。

私たちは、自由を手に入れつつあります。これでもう、戦争も必要ないでしょう。

個人が自由に選択できる自由です。

しかし、奇妙なことに、私たちは、自由に対して文句を言い始めました。格差問題です。格差をなくすには、国家や共同体が、個人の自由を制限しつつ調整機能を発揮する必要があります。その究極が共産主義ですね。ところが、共産主義は、人類に幸せをもたらさないということが実証されています。じっさいのところ、左派系の人は、自由をすごく大事にしますが、その思想の果ては、究極の不自由です。

左派系の人を批判したいのではありません。人間は、求めるものと逆の結果を得てしまうと言いたいのです。

私たちは、自由を望み、「責任転嫁できない」という不自由を手に入れました。

コミュニティへの参加は、強制されません。どこへも参加しないなら、孤独でしょう。望まぬ所へ参加するなら、つらいでしょう。だれにも文句を言えません。あなたの選択です。文句を言いたいなら、あなたの自由を放棄し、誰か他者へあなたの自由を委ねるべきです。

あなたはそれを嫌いました。

だったら、文句は言えません。あなたの選択は、あなたが責任を持ってすべきです。

とうぜん、格差は生じます。

でも、格差はいいものですよ。もっとも、そう感じるには、自由を手に入れていなければいけませんが・・・

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