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[103]「世界を救う」という正義はない

  

 

世界が救われるような変化・更新こそが現実の世界だとお話ししました。私たちが、主体的に生きるということは、世界を救うというミッションを持つことにほかなりません。

しかし、これは、注意が必要です。

以前にも書きましたが、「世界を救う」という概念は、絶対的な正義ではありません。正義という言葉は、西洋の人々は大好きですが、現実には、数多くの悲劇をもたらしてきました。戦争や虐殺のかなり多くは、正義の名の下に行われます。

どんな宗教でも、どんな民族でも、殺人はタブーです。殺人が許されるのは、それが「正義」であるからこそですし、正義であるなら、ためらいもなく殺人にまい進できます。

世界には、どの視点から見ても成り立つ正義というものは、存在しません。

全ての生物、全ての自然は、お互い様の関係があります。人間の社会にも、ありとあらゆる「お互い様」の関係があって、世界を成り立たせています。だから、どのような○も、他から見ると×になります。

正義とは、相対的なものであり、「私たちから見ると正義と言える」なら、あり得ますが、「私たち」を超えて普遍的に及ぼすことのできる正義は、あり得ません。

では、「世界を救う」とは、何なのか?

それは、「私の幸せ」を追求することと、イコールであると、私は考えています。

もし、お金を稼ぐことを幸せだと思うなら、それで良いではありませんか。稼ぐだけ稼いだら、つまずきます。そこで学び、次のステージの幸せを追求すればいい。

人間は、世界を救わずに生きることは不可能です。

でも、できるなら、遠回りをせず、幸せに突き進みたいものです。または、今、直面する深刻な問題を解決したいものです。

その思いこそ、「世界を救うというミッション」に他なりません。

そして、それを実現するには、どうも、1つのことに、行き当たります。世界中の宗教、神話、むかし話など、あらゆるものが、そう示しているように見えます。

それは、西洋型の「○×」思考でもなく、東洋型の「調和」思考でもありません。

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