平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[113]わらしべ長者メソッド

  

 

「人事を尽くして天命を待つ」=「武士道は死ぬことと見つけたり」
人事を尽くすことが具体的にどういう事であるのか。
それを示す、すばらしい民話が日本にあります。

などというもったいぶった振り方をしても、あきまへん。タイトルにはいってまんがな・・・ (^_^;

そう、『わらしべ長者』です。

鍋釜ひとつない貧しい男が、観音様に願をかけました。
「どうにかこうにかならんもんでしょうか」
観音様からお告げがありました。
「なんであれかんであれ、最初につかんだものを離すでない」

歩き出してころんで最初につかんだのが、1本のワラ。

あなたならどうします?

「あほらし」といって、捨てませか? あ、関西弁は堪忍してください。「だめじゃん」でもいいです。

1本のワラが、何かに役立つとか、何かになるなどとは、とうてい思えません。

お話では、ワラ→ミカン3つ→反物3反→馬→豪邸 と転じていきます。

さて、貧しい男は、ワラをつかんだとき、豪邸を手に入れると思えたでしょうか? というか、ミカンに変わるとさえ思えたでしょうか?

そんなはずはありません。

信心がなせるわざと言えるかも知れませんが、じつは、ワラをつかんで以降、神仏の存在を思わせる場面がありません。みな、貧しい男の主体的な意思による行動です。

とくに、最初に、1本のワラをつかみ、だいじに持っていたということが、何より注目すべき点です。どう考えても、価値はありません。

結果を急ごうとするなら、また、最悪に対する覚悟が不十分であるなら、1本のワラをだいじに扱うことはできません。

1本のワラといえど、自然の恵み、世界の財産です。粗末にすることはあいなりません。しかし、私たちは日常、価値の低いモノには冷淡です。昔から、モノをだいじにすることが、伝えられてきます。現代の我々は、それを軽んじがちです。

それでよいわけはないでしょう。

でも、価値の低いモノを大切に扱うには、「生きる覚悟」、「覚悟を持って生きること」が必要です。傲慢であったり、臆病であったりすれば、できない話です。

自分が、決意し、行動を起こした。その後に現れるものを、謙虚に、丁寧に扱う。これこそが、「人事を尽くす」ことの奥義ではないかと思います。

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