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[114]わらしべ長者メソッド、その奥

  

 

世界の偉大な人々の多くは、ゼロからスタートしています。

資産とか、才能とか、たぐいまれな何かがあって大成功する人もいますが、まったくふつうの、平凡な、むしろ、何もないところから事業や活動をスタートして、歴史に残る偉業を達成したりします。

なぜ、そんなことがあり得るのか?

それが、なぜ、私には起きないのか?

そのからくりが、昔話『わらしべ長者』にあります。

お話では、ワラ1本→ミカン3つ→反物3反→馬→豪邸 と転じていきます。
ワラには、目の前を飛んでいたアブをくくりつけたので、「価値の付加」が生じています。ミカン3つと、反物3反は、受けとった状態そのままで次へ渡しています。何も「価値の付加」が生じていないのに、「もっと良いもの」と交換が生じています。馬は、死にかけていたのを介抱して元気にしたので、「価値の付加」が生じています。それにしても、1頭の馬と豪邸の交換ですか・・・

ため息が出ますね・・・

ミカンを欲しがった人は、ノドがかわいて死にそうだったので、反物3反との交換は妥当でした。
死にかけた馬をいじめていた人は、そんな馬に値打ちを見なかったので、反物3反との交換が妥当でした。
馬を欲しがった富豪は、緊急の用があって、すぐその場で馬が必要だったので、屋敷を貸すことは妥当でした。富豪は、3年経っても帰ってこなかったので、わらしべ長者は、屋敷をまるごと手に入れたのです。

次から次へと、「どうしてもそれを欲しい人」が現れてきます。これって、マーケティングの鉄則ですね。欲しい人に、欲しいものを提供する。

ところが、わらしべ長者は、「マーケティングをしよう」などという戦略がまったくなかった。なぜ、こんなにうまくいくのか?

お話だから・・・と言っちゃえばそれまでですが、実際に、偉大な成功者はこのパターンが多いです。戦略的にわらしべ長者メソッドを進めた人もいるようですが、おおむね、戦略的にやるのは難しい。人は、「心の真実」を感じてしまうから。下心があるのか、ないのか。

すると、清く正しく美しく生きていれば大成功するのか、というと、そんなことはありません。

私が、1本のワラを手に持って、東京駅をうろついたとしても、まず、何も起きないでしょう。むしろ、不審者か・・・

大きなミッション、「世界を救うという」大きなミッションを持つことです。
どうも、偉大な成功者たちは、スタートから意思が違います。
困っている人々を助けたいとか、苦しんでいる人々の力になりたいとか、自分と同じ問題を抱えている人々にために働きたいとか。

わらしべ長者も、スタートで、観音様に願掛けをしました。自分さえよければという心で、観音様が助けてくれるとは、物語の設定上も考えにくいです。どん底の貧しい男であるが、大きなミッションを持っていたので、観音様が応えたということでしょう。

必ずしも、神仏にすがる必要はありません。だって、観音様がしてあげたことといえば、「最初につかんだモノを離すな」というアドバイスだけです。その後の展開をもたらすのは、どうも、大きなミッションの有無に行き着くようです。

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