平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[123]教える勉強と、教えない勉強

  

 

わが家のホームスクーリングについて、よく聞かれます。「どうやって教えているのですか」って。

決まってこう答えます。「教えていません」

2割ぐらいの人は、「すばらしい!!」って言います。

教えることには、深刻な弊害があります。「自分で考える力」が身につかないことです。考えること、生きることに対して、どうしても受け身になってしまいます。

だから、わが家では、新しく学ぶことでも、「まずは自分で考える」ことを徹底しています。子どもたちにとっては、しんどいことでもあります。教材や材料は、ふんだんに与えています。パソコンも、4人の子どもたちに、1人1台与えています。学習ソフトを購入し、それぞれのレベルの応じて与えています。インターネットは自由です。フィルタリングは無意味だと思うので、導入していません。

うちの子たちは、みな、本が大好きです。幼い頃から、読み聞かせをしていますし、本はふんだんに与えています。ちょっとした図書館並みです。

とはいえ、自主性にまかせるばかりではうまくいかない部分もあります。漢字と計算がそうです。毎日の蓄積が必要です。このような修練は、子どもは好みません。すると、ある程度の押しつけは不可避だと思います。

勉強には、どうも、2種類あるように思います。関心にゆだねるべきものと、努力すべきものと。

学校教育は、管理(努力)一筋です。かたや、オルタナティブ教育は、「反・学校」「脱・学校」を意識するあまり、非管理(関心)に偏りがちです。

私は、どちらも大事だと思います。しかし、どちらも大事にすることは、非常に難しい。おそらく、学校教育内では、不可能でしょう。

基本的に、できるだけ教えない勉強を優先させたいです。しかし、管理型の勉強も、不可欠です。それはまるで、東洋型と、西洋型であるかのようです。

どちらかだけではいけません。偏ってはいけません。

管理型を強めれば、みるみるうちに、関心を後退させてしまいます。

関心型を強めようとすれば、管理型を後退させてしまいます。

ところで、学校教育はほぼ管理型ですが、私から見るに、効率が悪いですね。あんなに時間をさかなくても身につきそうなものなのに。管理しすぎると、かえって効率が悪くなります。管理型に浸かっていると、そのことが見えにくくなってしまいます。

関心型を重視することで、効率よい管理型を構築する。そんなあり方が、理想なのですが。

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