平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[138]感謝はどこから生まれるか

  

 

他人から感謝していただくことが、「幸せ」の根本ではないでしょうか。

私たちは、どんなとき、最も満ち足りた思いを抱くでしょうか。他人から、心を込めて感謝されたとき、至福を感じるのではないでしょうか。

権力、名声、肩書き、学歴、立場、経済力、影響力、年上であることなど、これらはすべて、他人から感謝されることを強制的に実現しようとしてのものではないでしょうか。他人からのあこがれ、賞賛、服従も、他人からの感謝を実現しようとしての1つの形ではないでしょうか。

人間は、1人では生きられません。世界から離れて生きることもできません。どうしても、他人と関わり合ってしか、生きることはできません。

そのことがすなわち、幸せの根本が何であるかを示していると言えないでしょうか。

しかし、他人からの感謝は、計画的にgetすることが、不可能です。儒教では、目上への感謝や恩を大事にせよと説きますが、感謝とは、形式のものではなく、言われてするものでもありません。

心の底から、こんこんと湧いてくる思い。「あなたのおかげで今の私がある」という、とめどなく涙の尽きない感情。感動でもあるでしょう。

世界の原理は、「世界は、世界を救う」ということだと、常々言ってきました。つまり、世界も、感謝されることを求めているのです。どの宗教でも、神や仏の言っていることを考えてみましょう。神や仏も、感謝されることを望んでいるのです。これが、究極の幸せなのです。

ところが、感謝されるための方法は、ありません。もし、「感謝されるための方法」があれば、それによって得られるのは、感謝ではなく、擬似的な感謝です。

では、どうしようもないのかというと、そうではなく、自分が他人に感謝すればいいのです。

「あなたのおかげで私が私でいられます」「いやいや、何をおっしゃる。私の方こそ、あなたのおかげで・・・」となりませんか?

では、私は、どうすれば他人へ感謝できるのでしょうか?

ギブアンドテイクのサンキューは、感謝ではありません。

相手の人生と、自分の人生をシェアする。つまり、相手になりきる。それが大事かなと思います。あなたはあなた、私は私、であったら、どこまでいっても感謝は生じません。

でも、それは、マニュアル化できるものではありません。感謝というのは、途方もなく難しい。

とはいえ、相手とシェアするには、相手のことをよくよく知らねばなりません。システム的な、合理的な思考は、感謝を遠ざけますが、感謝のプロセスには、システム的、合理的な知見が不可欠です。相手を知らずに相手とシェアすることなどできません。

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