平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

モモナナじぇーぴー

メイン
創造の力

創造の力

[141]2つのタイプの教育

  

 

わが家は、ホームスクーリングをしています。

ホームスクーリングというと、学校教育否定の思想であるかのように思われますが、必ずしもそうではありません。

私は、5年間ホームスクーリングを実践する過程で、学校教育の完璧さと、偉大さをつくづく知りました。現在の学校教育は、満身創痍の状況です。多くの人が、そう思っています。私もそう思います。なのに、学校教育は、すばらしい。パーフェクトです。

一方、オルタナティブ教育のように、子どもの興味や関心にゆだねて学びを進めた場合、大きな偏りが生じます。あることはよくできるが、あることはほとんど何も知らないといった具合に。ある程度の偏りはいいとしても、「欠落」に相当する偏りはどうでしょうか。

子どもは、意欲や関心を大事にしていると、どんどん学びたくなります。しかし、まんべんなく学ぶことはありません。好きなことに集中し、嫌いなことは手をつけません。おおむね、日々の積み重ねが必要なことは、あまり積極的にしたがりません。好きな教科でも、すべての内容を好きなわけではありません。

学校教育は、子どもがどんな関心を持とうと持つまいと、すべての内容を網羅し、完璧な順序で、完璧な方法で学びを提供します。子どもの方で、それを受けず、学校へ行っていても欠落が生じることは少なくありませんが。

学年が上がるほど、学校教育的な勉強を、取り入れざるを得ません。ホームスクーリングをしている他のご家庭は、学校教育的な勉強を排除しているケースも珍しくありません。しかし、私は、積極的に学校教育的な勉強を取り入れています。

だったら学校へ行けばいいではないか。というのは、違います。学校的でない勉強、すなわち、セルフラーニングも重視しています。読書と、自分で何かすること(工作、料理、裁縫など)です。セルフラーニングは、本人の関心にゆだねており、親はあまり口出ししません。

セルフラーニングには、たっぷりの時間が必要です。「45分間、好きな本を読みなさい」などというセルフラーニングはありません。時間を気にすることなく、夢中になって本を読む。マンガであろうと、ゲーム本であろうと、古典であろうと、かまいません。子どもは、知的好奇心を持つと、どんどん難しい本を読みたがります。そうならないなら、大人が「管理」していることが原因です。

「自分で何かすること」は、時間とモノの無駄です。失敗と試行錯誤は、無駄でしかありません。つまり、無駄を良しとする大人の理解が必要なのです。いっけん無駄に見えることが、どれほど大きな成果をもたらすか。

学校教育的な勉強とセルフラーニングは、真逆の関係にあります。無駄を排除し効率を追求するか、無駄を奨励し効率を排除するか。

この両者が、同時にあることが、子どもにとって絶大な意味を持つと、私は考えています。

それはあたかも、システム思考とホーリズムのごとくです。

前へ前へ  TOPTOP  次へ次へ