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創造の力

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[153]社会保障は消えない

  

 

前回、先進国の社会保障が消滅しつつあると書きました。まず、どなたにとっても、異論はないのではないかと思います。それはもちろん、資本主義の論理です。

「なんや、けっきょく金かいな」

そうです、お金です。お金の原点は、価値の交換ですね。お金が成り立たないと言うことは、価値の交換が成り立たないということであり、一方通行の提供になってしまっています。

弱い者は守ってあげないといけない。弱い者に価値を生めなんて、あんまりや。そうですね。そうかもしれません。では、世の中、弱い者だらけになってしまったら、どうします?

それが、少子高齢化であり、経済の停滞です。福祉を担う力が弱体化しています。一方通行で価値を頂くことは、もはや望めません。

となると、一部の金持ちが富を独占する新自由主義経済が悪いのだという声が聞こえそうです。では、あなたは、なぜ彼らに価値の独占を許しているのですか? 彼らは、いったい何を所有し、何を独占しているのでしょう?

私たちの人生は、私たちの人生です。彼らが私たちの人生と、どう関係があるのでしょう?

私たちは、社会保障制度を通じて、一方的に国家から私たちへサービスを提供してくれることを望んでいないでしょうか? 私たちは、納税しています。納税額と、私たちの要求はバランスが取れているでしょうか?

増税すべきという話は、違います。なぜなら、納税と福祉の提供の間に、「価値の消滅」が存在するからです。いわゆる行政制度ですね。

100万円納めたら、100万円のサービスを受けられるかというと、そうではなく、20万円程度のサービスしか受けられません。80万円は、行政機構が消費してしまいます。

しかし、現状は、10万円納めて、100万円のサービスを要求し、2万円のサービスしか受けていません。政府はそのアンバランスを理由に増税したがっていますが、20万円納めたら少なくとも4万円サービスを受けられるかというと、そうではなく、現状維持の2万円を受けられたらいいところでしょう。

では、官僚が諸悪の根源かというと、それは短絡的です。「あなたまかせ」にしてしまっているのは、私たち自身ではありませんか。教育、医療、福祉など、私たち自身でできることがいっぱいあるのに、「私以外の誰か」に丸投げしようとしている。その安直な無責任さが、官僚制度の歪みをもたらし、富裕層へ富の集中をもたらしているのではないでしょうか。

逆に言うと、官僚や富裕層へ丸投げしなければいいのです。丸投げする論理は、「私たちは無力だから、何もできない」という思い込み。それは傲慢です。できることを放棄するのは、自滅行為です。誰が悪いのでもありません。

社会保障は消えません。消えるとすれば、それは、あなた自身が消すのです。

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