平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[155]何が可能性を制限するのか?

  

 

社会保障の担い手は、国でしょうか?

その考えは、危険です。なぜなら、国家が私たちの安全を担保するなら、それに見合う代償を国家に対して支払う必要があるからです。それは、税金かも知れませんし、命かも知れません。

私たちは、国民である以上、納税しているので、その範囲内で求めることは許されるでしょう。

では、社会的弱者は、切り捨てられるのか?

それはあまりに短絡的です。すべての国民は、1人では生きられないので、皆が皆、社会的弱者です。お金があるかどうか、ハンディキャップがあるかどうかは、些末な問題です。

悪いのは、「私にはできない」という思い込みです。私にもあなたにも、無限の可能性があるのに、どうしてダメだと思い込んでしまうのでしょう?

ひとつには、学校教育に原因があるでしょう。しかし、学校教育が悪いというのは、責任転嫁にすぎません。自分の問題を自分で考えなければ、良い未来はあり得ません。

前回書いた、学校以外の学び、医療機関以外の健康維持は、無限にバリエーションがあります。無限にあるのに、ないと思ってしまう。国家が認定したもの以外は排除してしまう。そこに問題があります。

あなたは偉大です。「いや、そんなことないです」と、あなたは言うかも知れません。言ってもかまいませんが、あなたが損をするだけですよ。

あなたが、自分の可能性を放棄するなら、誰があなたを助けるでしょう?

ダメだ、ダメだと思い込んでいる人を支援することは、限りなく困難です。

自分の無限の可能性を、自らつぶすあなたは、あなたを助ける存在さえもつぶしています。

あなたの可能性を制限するのは、あなた自身です。あなた以外の何かがあなたの可能性を制限することはできません。

あなたは、偉大です。偉大というのは、他人の上に立つという意味ではありません。他人を導くという意味ではありません。

偉大とは、世界の最底辺に立つ勇気です。

その勇気は、あなたをストレスから解放し、あなたに無限の力を与え、あなたに至福を与えます。そして、無敵です。なぜなら、自分を下から支えてくれる存在を損なうことなど、だれにもできないからです。

私は、そのことを、世界の、偉大な成功者たちから学びました。成功とは、他人を出し抜くことではありません。真の安定、真の財宝を築くことです。

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