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創造の力

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[159]偉大さはなぜ難しいか

  

 

21世紀においても、組織はなくなりません。だから、リーダーシップは重要です。

その一方で、個人の主体性は強く求められてきますし、相対的に組織の比重は低下するでしょう。リーダーシップに代わるよりどころが必要です。それが、偉大さです。

偉大さとは、スキルや資金や権力や学歴とは無関係です。最近、ノマドワーカーとか、ノマド的な生き方がもてはやされますが、ノマドたり得るためには、偉大である必要があると、私は考えています。

では、偉大とは何なのでしょうか?

偉いこと、と考えれば、おかしなことになります。エライとは、人の上に立ち、他人を下に従えるイメージがあるでしょう。それは、偉大さとは真逆にあります。

私が考える偉大さとは、成長や進化に対して勇気を持つことではないかと思います。

人間には、多かれ少なかれ、安定志向があります。無用の危機を避けようとする本能でもあるでしょう。

しかし、安定志向は、必ず衰退と崩壊を招きます。なぜなら、世界はたえず変わり続けており、成長と発展を続けているからです。この世の何事も、淀むと、腐ります。人間も同じで、安定を求めすぎると、腐ります。

成長や進化は、とても心地良いモノであり、おそらくは、人間が感じる幸せは、そこにこそあるのだと思いますが、大事であるからこそ、それは怖ろしく、困難に感じます。

成長とは、現在を捨て、未来を取ることです。

現在を捨てることは、怖ろしい。どんなに悲惨な現在であっても、現在を捨てることは、怖ろしい。

でも、現在を捨てなければ、未来は訪れません。

これはこれ、たいへん難しいことです。だからこそ、偉大なのです。

誰にでも容易にできるなら、値打ちはないし、偉大でもありません。平凡です。

簡単なことなのに、実行は難しい。だから、偉大なのです。

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