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[162]殲滅戦(皆殺し)の意味

  

 

過去において、どの戦争の記録を見ても、悲惨さが描かれています。悲惨でない戦争はありません。

一方で、悲惨さにブレーキをかける役目の、戦争におけるルールやマナーが設定され、おかしな言い方ですが、戦争における美学のようなものもありました。美しい戦い方、美しい死に方。しょせんは殺戮なのですが、悲惨であるからこそ、悲惨さを緩和したい願いがあったのかと思えます。

だったら戦争なんかしなければよいのに、となるのですが。

人類は、1人で生きているわけではないし、1つの集団だけで成り立っているのでもないし、1つの国家だけで成り立っているのでもないし、1つの民族だけで成り立っているのでもありません。

人類自体が、無限の多様性をもっています。多様性は、調和によって成り立ちます。調和とは、安定ではありません。あつれきと、生住異滅。たえず動き続け、形を変え、生まれ、滅び、他との関係を変えています。つまり、調和とは、激しい動きでもあります。

人類は、高度の知性を持っている分、より高度の調和を求めざるを得ません。

調和とは、「何もない安らかな世界」ではありません。天国や極楽浄土ではありません。マイナスの事象に向き合っていくことそのものです。それが、成長であり、進化です。

人間はだれでも、苦しみや悲しみや、満たされない思いを抱えています。それを何とかせざるを得ません。現代風に言うと、広い意味での「問題解決」です。問題解決こそが、私たちの存在意義だと思います。そして、問題解決こそが、私たちの幸せそのものではないかと思います。問題がないことが幸せなのではありません。問題がないことは苦痛です。

人類は、問題解決のために、文明を発達させてきましたが、問題解決の方法として戦争も活用してきました。戦争における問題解決とは、多様性が必要とする調和の部分です。つまり、人類にとって最も根本的なテーマの問題解決を、戦争にゆだねてきたのです。

戦争以外の方法を開発しようという努力は実を結びませんでした。

世界が発展し、成長し、進化すればするほど、戦争も激烈なものとなっていきました。

ルールやマナーがどんどんとりはずされ、相手を殲滅する、つまり民間人も含めて皆殺しにすることで勝利を得るという形が鮮明になってきました。

過去における戦争の悲惨さとはけた違いです。あと一歩、殲滅戦を拡大したら、人類にとって、破滅的な事態を招くことが、誰にでも容易に想像できるほどになりました。

私たちは、もうこれ以上、戦争による問題解決を続けることができません。

戦争以外の問題解決を、真摯に見出さねばなりません。

殲滅戦は、私たち人類に、戦争からの卒業と、新しい問題解決方法の開発を、強く促しています。

新しい問題解決方法は、全くの未知ではありません。世界はそんな風に進みません。次の段階の準備ができたからこそ、卒業が見えてくるのです。私たちがもつ文明や社会の中に、かならず、ヒントがあるはずです。

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