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創造の力

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[167]内なる神が持つリスク

  

 

日本人なら、聞き慣れています。「神や仏は遠いところにいるのではない。お前の心の中にいるのだ。天国も地獄も、遠いところにあるのではない。お前の心の中にあるのだ」

これは、欧米から見ると、とても変わった考え方のようです。

キリスト教、イスラム教、ユダヤ教といった一神教は、唯一絶対の神を信じるので、「私の心の中に神がいる」という考え方は冒涜とも言われるようです。

しかし、自分の中に神がいるとなると、逃げようがありません。助けを求めようとしても、自分に対して助けを求めることになってしまうので、たいへんです。もはや、宗教とは言えないのかもしれません。

このような考え方は、日本にオリジナリティがあるのではありません。古代インドの哲学では、全宇宙を成り立たせている原理であるプラフマンと、私たちの心そのものであるアートマンは、同じものであるとされています。それは、仏教よりもはるかに古い哲学です。

インドの思想は、全アジアに広がりました。仏教は、インド思想の一部です。仏教内でもまた、同じ宗教とは思えないほど多様に分かれました。一神教では考えられない展開です。

現在のインドでは、仏教はほぼなくなり、ヒンドゥー教が中心です。仏教は、インドから伝わったはずの中国でもほぼなくなり、なんと、末端の日本で最も華開いています。

日本に現在ある宗派は、もともとインドや中国で生まれ、練り上げられたものを輸入して、日本人が発展させたものです。

ヒンドゥー教と仏教は、アジアの二大宗教です。それにしても、よく似ています。先祖が同じだからそうなのかもしれませんが、一神教とは明らかに違う特徴を持っています。

それは、「宇宙も、世界も、神も、仏も、すべてが私の心そのものである」ということです。

この思想は、特定の神や仏や教義を必要としませんので、すでに宗教とは言えないでしょう。じっさい、ヒンドゥー教も仏教も、「何でもあり」状態です。

この思想こそが、21世紀への鍵を握っていると私は見ています。しかし、問題もあります。

「世界=神=心」の思想は、文明の発展と繁栄をもたらしませんでした。つまり、問題解決の手がかりとはなりそうですが、問題解決の手段とはなり得ないようです。

私たちには、まだまだ文明の発展が必要です。

内なる神は、心の平穏をもたらすかも知れませんが、必要なのは、破滅であり、発展です。今日とは違う明日です。心の外に、目標が必要です。自己完結してはいけません。自己否定が必要です。心の中に神がいては、自己否定ができません。

では、心の中の神は邪魔なのか?

そうでもないです。そこが神秘です。

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