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創造の力

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[195]自由と平等は現実か?

  

 

18世紀以降、欧米において、人間の普遍的な自由と平等について宣言が相次いで出されました。とくに第二次世界大戦後は、世界人権宣言にも表され、近代国家の基本原理となっています。

ところで、現実に、私たちは、世界中の人が自由であり平等であると見えるでしょうか? または、あなた自身が、自由であり、平等であると感じられるでしょうか?

ビルゲイツいわく、「人生は公平ではない。それに慣れよ」

意外と、こちらの方が、実感に近いのではないでしょうか。

私たちは、世界中の人々の自由と平等を望んでいるはずです。それが実現すれば、私自身も、自由と平等を手にできます。

じっさいに、そのようにしようとしたのが、共産主義であり、怖ろしい独裁政治を生み、けっきょく、自由と平等の真逆を実現した上で、破綻しました。

なぜなのでしょう?

自由も平等も、もともとこの世の現実ではないし、努力して実現することもありません。できないものを無理にしようとするから、暴力が必要となってしまうのです。

こう言うと、世をあきらめたように聞こえますか?

そうではありません。私たちは、自由と平等を目指して努力すべきです。変ですね。実現できないものを目指して努力するって?

共産主義は、実際に実現しようとしました。そこがマズイ。

もし、人類に自由と平等が完全に実現したら、それはユートピアではなく、人類の破滅です。なぜなら、私たちから、解決すべき問題が無くなってしまうからです。人類に存在意義はありません。幸せを求めることさえできません。

自由と平等は、永遠に達成不可能だからこそ、私たちは救われるのです。私たちは、世界を救うことができるのです。だれかに先を越されたなどと思う必要はありません。

次から次から、尽きることなく、問題は生じてきます。それはつまり、自由と平等の歪みです。その歪みこそが、私たちに解決せざるを得ない問題を突きつけるのです。

そうなんです。

前回お話ししたミッションとは、まさに、このことなのです。

世界を救うというミッションを持つことができない人は、もしかしたら、自由と平等がこの世の現実だと思っていませんか?

自由と平等は、現実ではありません。永遠に達成不可能な、ミッションなのです。達成できないなら、あきらめますか?

たぶん、どなたも、あきらめて生きることはできません。あきらめているフリをすることならできるでしょうが。

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