平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[198]過去を捨てたがる人たち

  

 

時間と空間を大切にすることが、創造への鍵だと、前回、書きました。

時間について、もう少し詳しくお話しします。

過去を捨てたがる人は、意外に多いです。過去と言っても、自分の過去と、社会の過去(歴史)があります。

人間は、成長することにおいて、幸せを感じるものだと思います。成長とは、必ずしも数値化できるものではありません。

「成長しなくてもよいのではないか」と、「成長神話」への疑問も出されていますが、そういうときの成長とは、経済的成長か、試験の成績か、営業成績か、数値化できる進展を言うようです。そのような進展が、そのまま幸せに結びつくわけではないのは、明白でしょう。

成長とは、他人との競争ではありません。先ほどの進展は、他人との比較によるものです。だから、無理が出てしまう。成長は、「昨日の自分と違う今日の自分」です。どんなささいなことであれ、昨日できなかったことができたとか、昨日わからなかったことがわかったとか、昨日なかった出会いを得たとか、そういう自分の中の変化です。

それは、昨日までの自分を捨てて新しい自分になるという感覚に近いものがあります。ある意味、過去を捨てることが成長だと言えなくもないでしょう。

気をつけたいことがあります。

成長は、昨日までの自分と違う今日の自分を見出すことなのですが、それは、「昨日までの自分を見ないこと」ではありません。それは、成長ではありません。変化とは、旧と新があってこそです。そして、今日の自分が新しく生まれるのは、どこから出るのかというと、昨日までの自分からです。昨日までの自分がどんな自分であろうと、今日の自分は、まさにそこからしか生じません。

わかりきったことのように聞こえるかも知れませんが、そうではない人があまりに多いように見えます。

今までやってきたことがうまくいかないとか、今までの自分が嫌いだとか、そういう感覚は、成長を生み出す原動力ですが、あまりに変えようとするあまり、脈絡もなく、新奇なことに飛びつこうとする人は多いです。

じっさいのところ、そんなやり方でうまくいくことは、ぜったいにと言っていいほど、ありません。

世界の偉大な成功者たちも、そんなやり方をとっていません。むしろ、逆で、うまくいかなかった自分、嫌いな自分を徹底的に見据えて、そこから何かを生み出しています。

新しいことを始めるにしても、昨日までの自分がしてきたこと、考えてきたことをとことん見つめて、その中から新しいことを見出していこうとしています。

「私の中には、たいしたものはないから」というのが、昨日までの自分を見ようとしない理由でしょう。そしてそれはまた、さらにうまくいかないことを繰り返す理由でもあるのです。

「私の中には、たいしたものはないから」という考え方じたいが、くだらないことなのです。昨日までの自分をとことん見て、それでも何も出てこないのでしょうか? 見ていないから出てこないのではないでしょうか?

青い鳥は、私たちの中にしかいません。それ以外の、いったいどこにいるというのでしょう?

それはまさに、妄想です。現実は、私たちの存在そのものです。生きてきた姿そのものです。そこに、あらゆる未来があります。どの未来を選択するかは、自分の意志しだいです。

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