平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[199]過去を捨てたがる社会

  

 

時間と空間を大切にすることで、創造がもたらされます。なのに、自分の過去を捨てたがる人は、多いです。それと同じように、自分たちの社会の過去を捨てたがる人たちも多いです。

過去を捨てると、望むものと逆の結果をもたらします。

例えば、オウム真理教です。あれほど怖ろしい結果を生じていながら、信者たちが目指したものは、平和とか、人間の尊厳とか、かなり崇高な理想でした。もともと、悪いことをしようとして教団に入った人はいないのかもしれません。多くは、真面目な信者だったようです。なぜ、あんなことになっちゃったのか? 大きな疑問です。

その答えは、時間と空間を捨てたことにあると、私は考えています。既存の社会から切り離し、歴史を断絶しようとしました。つまり、オウムと、そうでないものを厳然と区別し、歴史と無関係に「新しい世界」を作ろうとしました。オウムという教団もそうですし、信者もそうです。

まともな宗教は、空間と時間を大切にします。教団以外の社会との関わりと、立ち位置。歴史を顧みて、歴史の上に立つこと。カルト化するということは、時間と空間を捨てることです。

共産主義もそうですね。共産主義でない世界を区別して切り捨て、歴史を断絶しました。全体主義もそうです。

カルト宗教も、共産主義も、全体主義も、スタート時点では、高邁な理想をかかげているのがふつうです。それが転落する理由は、時間と空間の切り捨てです。

個人にも同じからくりがありますが、集団や社会の場合、影響が甚大です。

自由、平等、人権が、怖ろしい落とし穴をもつと、ちょっと前に書きましたが、その理由は、良いことを大事にするあまり、時間と空間を置き去りにしてしまうことに原因があります。

時間と空間は、「良き理想」とは絶対に相容れないものです。だからこそ、私たちは、解決すべき問題に出会うことができるのですし、それによって、成長し、幸せを手にすることができるのです。

良き理想を、ただちに実現しようとしたら、時間と空間を捨てざるを得ません。つまり、それに同意しない者たちを抹殺し、過去の出来事や歴史を封印し、脈絡のない場所に、突如脈絡のない社会を作り出すしかありません。

私たちは、自分の願望を実現したいがゆえに、障害となる人々との関係を断ち、これまでの出来事や関わりを絶ちきろうとしがちです。これは、怖ろしいことですし、そもそも、うまくいきません。

障害となる人々が、なぜ存在するのか? なぜ彼らは邪魔をするのか?

私たちに学びと成長をもたらすためです。

これまでの出来事や関わりは、自分の願いとちがったものです。なぜ、私たちは、これまでそんなことをしてきたのでしょう?

今、私たちに学びと成長をもたらすためです。

学びは成長を生じ、成長は成功を生じ、成功は幸せを生じます。それは、空間と時間、すなわち、この世界を否定するという短絡的なアクションによっては実現しません。いっけん、ひどく回り道に見えるやり方、つまり、空間と時間を大切にすることによってのみ、道が拓けます。

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