平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[201]時間の取扱説明書 過去は私たちの意志

  

 

人間は、意識しようとすまいと、ミッションをもって生きています。ミッションとは、「どうすれば私は最も幸せなのか」という問いへの答えです。

すべての人は、世界を救うミッションをもって、生きています。世界を救うとは、世界を成長させるために役割を持って生きることであり、善とか悪とかいう概念とは違います。極悪さえも、世界を救うために存在します。それによって、私たちは悩み、苦しみ、何とかしようと努力します。それが、世界の成長をもたらします。もし、世の中に悪や不善がなければ、私たちは、何を必死に努力するでしょうか?

必死にならなくてもいい世界、努力しなくてもいい世界が実現することはありません。それは、世界の破滅を意味します。世界は、どんな生き物であれ、非生物の物質であれ、現状を修復し、バランスをとろうと働いています。つまり、つねに、現状は歪みを生み出しているのです。歪みそのものも、世界を救うという働きなのです。

では、東日本大震災の津波で亡くなられた方々は、どうなるのでしょう?

あの津波が世界を救う? これは、ものすごく受け入れがたい理屈です。人々の悲しみ、苦しみ、それを世界を救う所為だなんて、どうしてそう思えましょうか?

亡くなった方々の立場に、自分がなったと想像してみましょう。どう感じるでしょうか? 自分と同じ苦しみを生き残った人たちにも与えてやれと思うでしょうか? 自分が生きたこと、死んだことを無駄にしたくない。無意味にしたくない。だから、これを契機に、世の中を良い方へ改めてほしいと感じるのではないでしょうか?

私たち生きている人間は、先祖や親、さまざまな故人を、それぞれのやり方で供養したり、追悼したりします。これは、たんなる儀式でしょうか?

先人達の功績とは、「何をしたか」ではありません。「我々がどのようにあとを継いだか」です。過去に生きた人の「価値」は、その後の人々の生き様によって、どのようにも変わります。

私たちは、具体的な願いは個別であっても、大きなミッションは同じです。自分が世界へコミットすることで、幸せを得たい。だから、先人達とのつながりが生きてくるのです。

私たちは、先人達と縁を切って生きていけるような存在ではありません。

津波で亡くなられた方々に対し、今後を、さらに良い世の中へ進めていけるよう、誓いを立てて行動することこそ、追悼に他ならないのではないでしょうか。

なるほど、人間は、死んだら肉体は終わります。霊魂の有無は、ひとまず置きましょう。問題は、今生きている私たちです。私たちが、亡くなった方々の苦しみや無念さを思い、それを受けて行動することが、すなわち「よりよい世の中」につながるはずです。

過去の報いとして津波を受けたとか、人間の意志として津波を引き起こしたとか、そういう考えも存在しますが、それなら、そこから何が生まれるでしょうか?

または、津波を単なる物理現象として人間から切り離してしまったら、私たちに何が生じるでしょうか?

どんな出来事も、それらがどんなに悲惨なものであれ、過去の歴史はすべて、人間の、世界を救うミッションから生じたものです。それはつまり言い換えると、ひとりひとりの人間が、幸せになろうという意志を持って生き、それらの形として、生じたものです。

もちろん、だれかが津波を起こそうとして起こしたのではありません。自ら犠牲になろうとしたのでもありません。彼らも、世界を救うために生きた。私たちも、世界を救うために生きている。だからこそ、過去からの学びが必要なのであり、そこにこそ、おおいなる創造の種が無限にあるのです。

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