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[209]時間の取扱説明書 生住異滅の継承

  

 

人間はだれでも、ミッションを持って生まれてきます。でも、自分のミッションを見出すことは、難しいです。ミッションは、誰かに与えられたものではないし、命令や指図を受けたものでもないのですが。

ミッションは、自分にとっての幸せそのものです。自分にとって、究極の幸せをミッションというのだから、当たり前ですが。自分にとって、何が本当の幸せなのか。それを知ることが難しいのです。変な話ですが。。。

人は、生まれて死ぬまで、意識しようとすまいと、ミッションに沿って、生きています。であるなら、自分の過去を振り返ると、ミッションを知る手がかりがあるはずです。

そしてまた、世界は、生住異滅という4つのサイクルの組み合わせで成り立っています。生物は一度しか生まれて死ぬことがありません。物質も、生まれて壊れるのは一度きりです。再生されたときには、また別の物質となっています。生物も、人生は一度きりですが、生命は継承します。

1人の生涯そのものが生住異滅です。その中に、いくつもの生住異滅が含まれています。生住異滅はシンプルですが、何重にも、何段にも、何階層にも、生住異滅があります。生物が年老いてから肉体的に再成長することがないように、「住」という成長過程が再来することはありません。

でも、生住異滅は、継承します。1つのサイクルが終了したら終わりかというと、そうではなく、終了する前から、すでに新しいサイクルへ継承されていきます。生物の継承が1対1とは限らないように、1つの生住異滅が、いくつもの生住異滅へ継承されることもふつうです。

人間に起きてくるできごとは、多くの人は、偶然の蓄積であると考えているでしょう。東洋の文化では、「縁」というものを想定します。1つ1つの出来事は、それぞれ関係し合って、生じています。原因があって、結果が生じる。こういう考え方が行き渡っています。どんな偶然に見えることにも、必ず原因があると。

ミッションは、細かく規定されるルールのようなものではなく、大きな方向性といっていいでしょう。羅針盤のようなイメージです。

人生がミッションによって規定されているといったって、実際には何も決まっていないようなものです。私たちは、日々生きるにおいて、いろいろな選択をしています。他人に依存するということも選択の1つです。

生住異滅が継承される、つまり、次の生住異滅が生じるときに、「縁」が働くなら、その縁は、どのように生じるのでしょうか?

運命論的に定まったものなのでしょうか?

それは絶対に違います。世の中に、予言者や霊感のある人や、占いの上手な人はたくさんいますが、未来を具体的に誤りなく言い当てられる人は、皆無です。どんな方法を用いても、未来を固定することはできません。

生住異滅のサイクルが動き出したら、途中での変更はできません。大きなサイクルは、具体的で個別な事柄を含みません。最も大きなサイクルは人生です。具体的で個別の事柄は、そのつど、新しいサイクルが生じます。それぞれのサイクルは、生じてしまうと、自分の力で変更することができなくなってしまいます。できることは、変更ではなく、別のサイクルへの継承です。

サイクルの継承が生じるのは、「選択」が行われたときです。

ある人の生涯をイメージしてみましょう。

生まれて死ぬまで、1つのミッションがあり、人生があります。でも、それ以外のことは、何も決まっていません。本人の選択がまだ生じていないからです。寿命さえも決まっていません。

赤ん坊の時代、子ども時代、社会人時代、結婚、子育て、退職など、大小無数の選択をしつつ、人生を送っていきます。

すべては、ミッションという羅針盤で進んでいきますが、どうじに、人生は自分が作り出すものでもあります。

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