平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

創造の力

[211]時間の取扱説明書 選択の力

  

 

動物にはなく、人間にのみある能力は、いくつかあります。火の使用、言語、2足歩行、抽象化・・・

圧倒的に人間であることを意味づける能力は、選択の力だと思います。

「新しい生住異滅を生み出す」ことは、とても単純なプロセスです。これこそが、創造の力の正体です。創造とは、魔法や呪術や神仏ではありません。あくまでも、すべての人が生まれながらに持つ、「ふつうの能力」なのです。

人間は、生まれながらに平等ではありません。現実社会では、著しく不平等です。とは言いながら、人間は、生まれながらに平等です。わけのわからん言い方です、はい。

整理しましょう。

人間は、物理的、物質的には不平等です。平等であるはずがありません。平等であるなら、世界が壊れてしまいます。物理的、物質的に、多様であるがゆえに、世界は1つでいられるのです。物質的な平等は、多様性を否定します。あってはならない価値観です。

いっぽう、人間は、どんな境遇であろうとも、どんなに能力に差があろうとも、ある点において、完全に平等です。

それは、選択の力です。

選択の力は、境遇や能力などにまったく左右されません。そして、生まれながらに差がある力でもありません。

選択の力は、偉大です。生住異滅のサイクルを生じるのは、選択によってです。もちろん、選択によらずとも、自然に次から次へと生じていますが、自分が望むように生住異滅のサイクルを生じるには、選択によるしかありません。

動物のように、本能による「選択」は、選択の力ではありません。選択とは、自分に不利になるように見えることを、あえて選ぶ力です。人間以外の動物にはできません。そのような選択が可能になるのは、ミッションがあるがゆえです。

人間はミッションを持って生まれてくるにもかかわらず、多くの人は、選択を避けようとします。自分には選択の力などないのだと、一生懸命自分を説得しようとしています。

選択の力は完全に平等であるのに、それを使おうとしない。これは、不平等なのではありません。自分が、選択しないことを選択しているだけなのです。

多くの人が選択の力を使わないからこそ、選択の力を使う少数の人は、突出した結果を生じます。人はそれを見て、「あの人は特別だ」とか、「生まれつき違うのだ」とか、または、嫉妬し、または憎みます。

そして、成功した人と自分の違いを一生懸命探して、成功しない自分を慰めます。そして、自分が成功できない理由を、社会や他人へ求めます。

なぜ、選択の力が、それほどまでに偉大なのでしょうか。

成長とは、昨日までの自分と違う明日を迎えることです。つまり、痛みを伴います。痛みを伴うがゆえに、幸せが訪れるのです。本能では、痛みを避けようとします。だから、痛みを取るためには、強い意志を持った選択が必要なのです。

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