平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

創造の力

[213]時間の取扱説明書 失敗の人生はない

  

 

選択の力は、すなわち創造の力であり、人間にとって、最も偉大な力です。

いっけん、生存のための本能にさからうかのように見えるのが選択です。それがなされるのは、人生のミッションを意識するがゆえのことです。

その一方、悪いことを選択する人、選択を避ける人、失敗を繰り返す人がいます。こういう人は、「間違った生き方を改めるべき」なのでしょうか?

人間は生まれながらに「世界を救う」というミッションを持っています。こういうと、宗教的な独断に聞こえるかも知れませんね。言い方を変えましょう。人間は、誰でも、幸せになりたいという欲求をもっています。これなら、了解できるでしょうか。

幸せとはどういうことなのか、難しい問題です。簡単に答えを出せる問題ではありません。そんなややこしいことを考えずに、素直に生きるべきです。

こんなふうに言う人も多いでしょう。

そうでしょうか? 幸せって、そんなに難しいものなのでしょうか?

そもそも幸せは、他人に決めてもらったり、他人に作ってもらったりするものではないはず。自分が自分の幸せを定義できるのです。というか、自分が定義しない幸せって、何ですか?

簡単なことです。きわめてシンプルです。大事なことほど、シンプルです。大事なことほど、人は難しく考えてしまいます。

自分が望むことを突き詰めれば、それが自分にとっての幸せに他なりません。私が、「あなたの幸せは○○ですよ」というのは、バカげています。

その上で、あえて言いますが、世界を救うという範囲外にあること、つまり、自分だけの快楽を追求するとか、ある人々以外の人々を犠牲にして、その限定された人々だけに貢献するとか、そういうあり方で、自分の幸せを実現できるでしょうか?

絶対に無理です。

自分の幸せと引き替えに、人々を犠牲にしたり、黙殺したりすれば、かならず、しっぺ返しをくらいます。○か×かという二項対立の考え方は、必ず敗者を生みますし、敗者は勝者を許しません。勝者も、本当の意味での勝利を手にすることはありません。

win-winの関係、すなわち、みんなが○となり、勝者となるようなあり方しか、幸せを実現できません。

逆に、幸せへの道を歩かない人生とは、どのようなものでしょうか?

世の中には、幸せへの道を歩いていると見える人の方がまれであり、ほとんどの人は、幸せと関係ない人生を歩いているように見えます。だったら、幸せとは、絵に描いた餅なのでしょうか?

そうではありません。

悪いことを選択する人も、選択を避ける人も、失敗を繰り返す人も、皆、世界を救っています。

世界を救うとは、直接的な正義を言うのではありません。

悪いことをする人は、「世界を救うためにどうすればいいか」を、身をもって示しています。

選択を避ける人は、「世界を救うために、選択が必要であること」を、身をもって示しています。

失敗ばかり繰り返す人は、「世界を救うために、ミッションに沿って生きることが大事である」と、身をもって示しています。

彼らの学びがなくして、いったいどうやって世界を救えばいいのでしょうか?

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