平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[215]時間の取扱説明書 望む未来をつくる

  

 

けっきょく、私たちにとって大事なのは、未来です。

これから先、私たちがどんな「時」を迎えるのか。それは、私たちにとって福であるのか、または、災いであるのか。未来を知るために、科学的な手法で推測をしたり、占いや呪術に頼ったりします。

でも、人間は、なかなか思うような未来を予定通りに手に入れることはできません。もっとも、未来を予定し、寸分違わずその通りになるなら、なんとも味気ないでしょうが。

じつは、私たちは、大きな誤解をしています。未来に起きるできごとを気にしすぎるのです。幸せとは、出来事ではなく、感情なのです。どんな「いいこと」がおきようとも、それを幸せと感じられないなら、つまらないことです。

では、未来とは、単なる精神論なのかというと、そうでもありません。時間は、かならず、連続した流れであり、過去や現在が未来を創り出していることは間違いありません。

となると、望む未来を手にするには、過去と現在への対応の仕方次第ということになります。

対応次第と言っても、マニュアル的に対応方法を作り上げるわけにはいきません。なぜなら、究極の目標である幸せは感情だからです。感情をマニュアル化することは不可能です。

究極の幸せが、自分にとってのミッションなのですが、究極の幸せと言うからには、その都度その都度の快楽や安全・安心を意味しません。じっさい、目の前の快楽や安全・安心を手に入れようと一生懸命になることが、どれほど自分の人生を損ねているでしょうか。そういう人は、その後に、後悔が訪れます。後悔したくないなら、責任転嫁が訪れます。

究極の幸せには、自分だけとか、自分の関わる範囲だけとか、そういう限定をつけずに、すべての幸せを追求する方向性が必要です。それを私は、「世界を救う」と表現しています。

とはいえ、じっさいに世界中と関わりをもち、自分の力で世界中の人を救い終えることはあり得ないので、どんな人生を生きたところで、縁のあった範囲内でしか関わることはできません。世界を救うということを成し遂げることが不可能であるがゆえに、世界を救うというミッションが大切なのです。

世界を救い終えることはあり得ないので、それぞれの人は、世界の中の何かに集中することになります。だから、表面的には、それぞれの人は、それぞれの人生を歩いているように見えるし、相反する人生に見えることも多々あります。

世界を救うとは、不可思議な命題です。世界以外のものはないので、世界が人間にとってのすべてです。救うと言うからには、世界に反する何かがあってこそ言えることです。でも、誰の目にも、今の世界が、そのままでOKという状況には見えないでしょう。世界そのものが、無数の、無限の、大小さまざまな問題を作り出しています。世界自身が、救われるべき問題をたくさんつくりだしているのです。だからこそ、人間が存在し、人生があるのです。

すると、私たちの間違った過去とか、忘れてしまいたい過去とかは、じつは世界にとって必要なものだと考えることはできないでしょうか。

それを、間違いとか、失敗とか、悪いとか感じるのであれば、そこに、解決すべき「問題」があります。すばらしいではありませんか。

まさに、その視点こそが、自分の望む未来へ向けての、手がかりであるはずです。

人間は、生まれながらに、人間です。猿として生まれ、生きているうちにだんだん人間に進化していくわけではありません。つまり、生まれながらに、幸せを求める心、すなわちミッションをもっています。

私たちが生まれてこの方歩いてきた人生は、意識しようとすまいと、自分のミッションが導いた道なのです。

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