平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[218]空間の取扱説明書 いやなものに、感謝する

  

 

空間というと、現在の横の広がりです。私と、私以外のすべて。それを合わせて、世界と言います。

ところで、時間は、何でしょう? 現在以外の、過去と未来は、私たちの内面世界です。今目の前に展開されている現実ではありません。過去を認識する方法によって、過去はうんと変わります。未来も、悲観か楽観かで、うんと変わります。過去も未来も、私の記憶に他なりません。

それに対して、空間は、私と、私以外の全てです。

人間は、私と他人を、別の存在だと考えます。すると、他人への思いやりや優しさは、あまり意味のない、非効率な命題となってしまいます。他人を蹴落として私が勝つことが大事であり、私よりも他人を優先するなんて、もってのほかです。

じっさい、今の世の中は、そんな風潮が行き渡っています。

学校教育でも、他人と競争して勝つことを徹底してたたき込もうとします。学校では、win-winの関係はなかなか見られません。妥協ならありますが、「第3の案」はむずかしい。

東洋の思想では、自分の内面も他者も世界も同じ1つであると、考えます。これをホーリズムといいます。西洋では、分析的手法が中心で、これは、専門化と競争主義を導きます。

東洋思想は、平和で穏健です。全て良しの哲学。21世紀には東洋思想が世界のパラダイムになるのではないかという意見もしばしば目にします。

しかし、私は疑問に思います。東洋思想は、これまでに、何を創造し、何を成長させてきたでしょうか?

西洋の足もとにも及びますまい。

西洋と東洋の優劣を論じること自体がバカげているのかも知れません。

私は、東洋と西洋の、「第3の案」を考えています。

東洋は、平和的だが、文明の創造にはほぼ無力です。西洋は、次から次へと創造しますが、平和的ではありません。もっとも、こういう言い方じたいがステレオタイプに陥っていますが。思考実験とお考えください。

この両者を「統合」すれば、何が見えてくるでしょうか?

東洋思想は、「いやなもの」「嫌いなもの」「憎いもの」「うらやましいもの」の存在を認めません。なぜなら、世界は1つだからです。このような感情は、あってはならないものか、あることが好ましくないものです。「私」と「世界」は1つのものであるという視点であり、「私」という世界から離れた存在はありません。

かたや、西洋は、それらに対し、問題解決を試みます。それは、「私」を基準にした視点です。

現実の世界は、ありとあらゆるものが、関連しあっています。競争原理は、現実ではないし、成長とも関係のないことです。成長とは、昨日の自分に勝つことであり、他人に勝つこととは関係ありません。

では、自己中心的でない、他者への視点とは、どのようなものでしょうか。

学びであり、感謝だと思います。

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