平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

創造の力

[225]空間の取扱説明書 鳥のように見る

  

 

人類が持つ多様性から相乗効果を生むことが、創造の力そのものです。

とはいえ、それはいったい、どうやって実践したらいいのでしょうか?

前回、ライト兄弟のケースをお話ししましたが、ライト兄弟は、意識的に相乗効果を作り上げたとは言い難いです。自然と相乗効果が作られていったというのが、じっさいのところではないかと思います。多くの偉大な成功は、そういうものなのかも知れません。

しかし、これからは、私たちは、悲劇を繰り返さないためにも、そして世界にあふれかえる問題を解決していくためにも、そして、なにより、私たち自身が、自分の人生を生きられるように、意図して相乗効果を創りあげたいものです。創造の力を駆使して、良い未来を築き上げたいものです。

多様性とは、前々回にも書いたように、どうしようもなく1つにまとめられないバラバラさ加減を、きれいに表現する言葉です。これから相乗効果を生むというのは、まるで見当も付かないほど困難なことです。学校教育では、このようなことは教えていません。

国王や絶対的な権力者が治める社会には、相乗効果はまず生まれません。民主主義社会は、多様性を認めるように見えて、そうでもありません。

相乗効果とは、討論した末にどちらかの意見を採用するという仕組みとはまったく違います。それは、相乗効果ではなく、勝敗型にすぎません。従来との違いは、武力によって勝敗をつけるか、多数決で勝敗をつけるかの違いです。多数がいつも正しいとは限らないのは世の常ですし、そもそも正しいという選択肢さえ、あるのかどうか、あやしいです。

相乗効果とは、全員が幸せになれる成果を言います。そんな馬鹿なことがあるわけない! 妄想も休み休みに言え!

そうですね。多くの人は、そう言うでしょう。そして、勝敗決着型に舞い戻っていきます。勝つか負けるか。勝負の方法をいくら穏便にしたところで、社会の問題は解決できません。

そうなると、人類に多様性があることは、人類にとって、障害にしかなりませんし、不幸なことでしょう。

「私たち」と「彼ら」に相容れない違いがあると見えるのは、なぜでしょう?

同じ地球上に住んでいるのに、どちらかが勝ち、どちらかが負けねばならないほどの違いって、いったいどんなものなのでしょう?

例えば、2人の子どもが、何か言い争いをしています。それを横で聞いていれば、あなたはたぶん、バカバカしいほどその争いが小さなものでつまらないものに感じられるでしょう。

または、ある夫婦が、けんかをしました。他人が聞けば、ほとんどの場合、その原因や両者の主張は、くだらないことです。そんなアホみたいなことで、よくも大のおとなたちがケンカできるもんやなあと、あきれることも多いでしょう。

でも、当人たちは、必死です。なぜでしょう? 当事者たちはカンカンに怒っているのに、横で聞いていると、何でもないことに思えます。

これは、視点が小さいか大きいかの違いです。もちろん、人間の優劣とは関係ありません。

小さな視点で物事を見ていれば、小さな違いが、超えられないほど大きな壁に感じられます。大きな視点で見るほど、違いは消え、共通点が浮かび上がってきます。

大きな視点とは、俯瞰すること。つまり、鳥のように、高いところから、広い世界を見渡すことです。

では、鳥は、創造の力を持っているのでしょうか? どうも、鳥が高い文明を作り出したと聞いたことはないので、それはなさそうです。では、鳥には何がたりないのでしょうか?

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