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[231]禅と、西洋

  

 

欧米の人たちが書いた成功哲学や人生哲学や発見・発明についての本を読んでいると、ときおり気になる表現に出会います。

「禅との出会いが私の考えを変えた」というような直接的な表現もあれば、どうも日本的な精神を基にしているのではないかと見られるものもあります。

かたや、日本人は、日本の伝統文化をどんどん忘れ去り、欧米的な文化の習得に夢中です。

欧米の、世界を発展させる文明は驚異的であり、じっさいに、驚異的な成果をもたらしました。そのなかに、ちらほらと、禅や日本的な文化が重要な刺激を与えたというコメントが見られます。それも、大御所の中に、かなり見られます。欧米の知識人たちは、東洋も日本も見くだす傾向がありますが、その一方で、たいへんなリスペクトを向けている人たちもいます。たんなるエキゾティックな趣味ではなく、日本的な精神の中に重要なものを見出すことを期待しているかのように見えます。

では、当の本人である私たちは、欧米を越える発展を生み出したのかというと、そんなことはありません。

欧米の一部の人たちの意見を見て、日本がこれからの世界のリーダーになるのだ、という早合点さえ見られるのは苦笑を禁じ得ませんが・・・

日本人は、日本的な精神を捨てつつあるのに、欧米人が、そこに価値を見つつある。ここをじっくり考えてみましょう。

日本的な精神が、単独で力を持つのではありません。欧米の、合理的な発展思考が、日本的な精神を組み込むと、さらなる発展が可能になる。そんな文脈のように見えます。

だから、私たち日本人が、いくら保守的に伝統を守ったところで、どうなるわけでもありません。しかし、伝統を守った上で、欧米、あるいは私たちにない文明や価値観を組み込むと、ものすごい成果を生む出せるはずです。

そういえば、日本の発展は、常々、そういったものではなかったでしょうか。

大和朝廷から奈良、平安時代にかけて、人口の1割〜3割程度の渡来人があったと言われています。ものすごい数です。それによって、日本の文化は急成長をしています。

その後も、主に中国、朝鮮と交易し、多くを学び、文明を発展させています。

明治維新後は、欧米から急速に学び、他のアジア諸国がなし得ない速度で国家を発展させました。

戦後も、私たちを木っ端微塵に打ちのめした敵であるアメリカから学び、奇跡的な成長を遂げました。

これらは、日本が、伝統精神を捨てて他から学んだのではありません。私たちが私たちの精神を守りつつ、学びを受け入れていったのです。自分のアイデンティティを捨てて学ぶと、逆にうまくいきません。「私が私であること」を守りつつ学ぶので、急速な成果がありうるのです。

経済大国となった今、私たちは、他から学ぶ必要性をあまり感じなくなっているようです。皮肉なことに、学ぶ必要性の低下が、伝統の忘却をもたらしているのかも知れません。

欧米が、禅という言葉で、あるいは日本の精神文化から得たいものは、こういうことではないかと見えます。そして、これこそが、「多様性と一体になろうとする内なる働き」そのものではないでしょうか。

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