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創造の力
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創造の力[244]入試(受験)の極意すべての人間の望みは、理解されることなのだ。そういう目で見ると、他人の言動や社会の出来事は、理解しやすくなります。そしてまた、世界そのものも、理解されることを望んでいるのではないかと仮定してみると、自然や数学や科学も理解しやすくなるのでしょうか? 私はYESだと思います。これは、ぜひ、皆さんが、試して実感してみてください。 ところで、こういう話なら、受験勉強にも適用できるのではないか、という声がでそうですね。 『新釈現代文』という受験参考書をご存知でしょうか。昭和34年に出版された本で、しかも176ページと、薄い本です。じつは、超難関大学受験生に必須のバイブルとされ続けています。一般の高校生に広く需要があるわけではないため、一時期絶版となりました。その間、古書で7万円程度の値が付いていました。この本無しに受験に臨めないということでしょうか。 今は、ちくま学芸文庫から復刊されており、1155円で入手できます。古書の価格も暴落し、過去の新塔社版も安価に入手できます。 ところで、新釈現代文がなぜそんなにも、受験参考書としては異常なほど超ロングセラーを維持しているのでしょうか。 よほどの秘密があるに違いありません。そこで、前書きを見ると、いきなりこの文で始まります。 そして、その1つのことは、第三章で明かされます。 大事なことは、たったこれだけです。たったこれだけのことを身につけるために、えんえんと受験勉強を続け、難しい試験に挑戦するのです。 そしてこれは、「理解すること」そのものではありませんか。書物といえど、人間です。相手を素直に理解する。自分の考えや意見や主張や感想を、とりあえず置いておいて、理解する。 よく、本のレビューで、「この著者はわかっとらん」とか「この著者は間違っている」などという記述を見かけますが、これは、理解しているのではなく、自分を理解させようとしています。 親兄妹であろうとも、自分とまったく同じ考えであるはずはありません。違うからこそ、学ぶのです。理解するのです。そして、これこそが、最も大事なことであり、最も難しいことであり、最もシンプルな原理なのです。 もうひとつ。 『東大のディープな日本史』という本があります。東大の2次試験の日本史の入試問題を取り上げ、受験参考書でなく一般書として書き上げたユニークな書です。 その前書き。 日本の最高学府は、理解することを求めています。 とはいえ、東大卒業生が他人をよく理解できるかというと、いちがいにそうでもなく、やはりこれは、大事なことであり、難しいことでもあります。 |