平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[249]創造とは、調和の破壊

  

 

世界の仕組みは、競争原理であるか、調和原理であるか。最近は、そのどちらかであると考えられることが多いようです。

でも、私は、そうではない、創造原理を提唱したいです。それは、競争原理と調和原理をシナジーにしたようなものです。

世界のあらゆる自然や生き物は、互いにつながっているが、世界にはたえずつながりを絶ちきり揺さぶろうとする動きが生じています。世界は、それに対し、調和を保とうとする力が働き続けています。

これは、自然を見れば、そのままでしょう。自然は、大きな自己治癒力というか、自己回復力というか、自己調整力を持っています。だれかが意志を持って管理しているわけではないのに、自然と自己を保とうとしています。

すべての生物にも、そのような力があります。

ところで、人間の身体でちょっと考えてみましょう。

健康とは、どのような状態でしょうか? 病気がないこと。そうですね。では、身体が調和を保つために、運動もせず、何の活動もせず、じっとしていれば健康でしょうか? およそそれは健康とはいえません。たぶん、調和が崩壊してしまうでしょう。健康のためには、ある程度の運動と、ある程度のストレスが必要です。自己調整力を高めるには、負荷が必要です。ふだんから、負荷のかかる生活をしていれば、自己調整力は高まり、外から危機がやってきても、自然と問題解決がなされます。負荷の少ない生活をしていれば、自己調整力は弱くなり、少しの問題でも解決が困難となるでしょう。

弱い負荷より、強い負荷であることが大切です。温室育ちでのほほんと暮らしていては、自己調整力が退化することは目に見えています。厳しい風雪に耐え、艱難辛苦を乗り越えて行く人の自己調整力は、とても強くなります。自己調整力が強くなるということは、自分がたえず更新されるということであり、成長そのものです。

世界も同じです。

調和とは、すべてが美しく安定した状態ではありません。調和を破壊しようとする負荷がかかり続けるからこそ、調和がさらに成長していくのです。調和とは、調和が破壊されることで成り立つものなのです。もちろん、破壊と言ったって、完全な破壊ではありません。部分的な破壊です。人間の身体もそうでしょう。死んでしまっては、自己調整力などありません。

地球もすべての生物もそうですが、社会や理論や思考でさえもそうです。すべてが、調和へ向けて、働き続けています。だからこそ、世界は1つであり続けられるのです。

競争原理は、調和への働きを見ません。
調和原理は、調和のために調和の破壊が必要だということを見ません。
競争原理と調和原理は、両立し得ない二項対立の関係になりがちです。

そうではありません。競争原理も調和原理も、世界のある部分を言い当てています。

世界の真の姿は、といっても私たちが理解できるそのままの姿ですが、創造原理です。
なぜ、私たちには煩悩や欲があり、間違いをおかすのでしょうか? 創造をもたらすためです。
なぜ、この世には悲しみや苦しみが尽きないのでしょうか? 創造をもたらすためです。
なぜ、人はなかなか幸せになれないのでしょうか? 創造をもたらすためです。

では、創造のために、私たちは悪いことを考え、悪いことをするほど良いのでしょうか? 苦しみや悲しみを作り出す人、つまり悪人や犯罪者は、「良いこと」をしているのでしょうか?

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