平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[255]信念を持って行動し成し遂げる人たち

  

 

世の中の多くの人は、「自分の人生を生きる」ことを恐れます。不思議な言い方ですが、間違いありません。

「感謝と愛とプラス思考で生きていれば、どんな願望でも、信念と決意を持った行動によって、必ず現実となる」
という「創造の法則」は、聞き古した言葉でしょう。でも、そのように信じ、そのように生きている人は、極めてまれです。

多くの人は、創造の法則をわざわざ自ら否定しながら生きています。
「難しい」「わからない」「できない」
この3つの言葉を、どれほど使っていることでしょうか。

少し前に、マザーテレサのDVDを見ました。伝記を映画化したものです。

マザーテレサは、特にスキルもなく、お金もなく、権威や人脈もなく、何もないところからスタートし、あれよあれよと言う間に、大きな建物をつくり、おおぜいの人々を動かし、とてつもないお金を集め、助けを必要としている人々へ愛を向けることを世界中に広めました。

大きな施設が必要となったとき、マザーテレサが、資金も何もなくて、「ここに施設をつくるわよ」といったら、ほんとうにできてしまいました。
こんな調子で、どんどんと活動を展開していきました。

なぜ、彼女が、そんなことをできたのでしょうか。

彼女が言っています。
「私は神の鉛筆です。神が必要だと考えることはできるし、できないことがあれば、それを神は必要だと考えていないというだけのことです」

こういう人生観は、マザーテレサ以外にもしばしば見かけます。

人間が最も大きな力を発揮するのは、このような生き方をしている時ではないでしょうか。キリスト教に限りませんし、宗教的な表現でないこともあります。

神、仏、大いなる存在、内なるボイス、世界、自然など、いろんな言い方があります。

多くの人は、宗教を信仰するとき、「自分以外の「神」(仏)に対してお願いをする」という態度をとります。これはまるで、曲解された引き寄せの法則とそっくりではありませんか。
「神は私利私欲に応えてくれる万能のサンタクロースではない」という批判は正鵠を射ています。

何かを成し遂げる人は、こう考えるようです。「神が私を通して仕事をする」

この世界観は、私と世界は1つでありつながっているというホーリズムでもなく、競争原理でもありません。神といえど、「私」に指図や命令をすることはないでしょう。では、私の中で仕事をする「神」とは、いったい何なのでしょう?

神が、世界を救う神ではなく、一部の集団のための神であれば、危険です。カルトの狂気に走る怖れがあります。

カルトの狂気と偉大さの境目は、じつはシンプルなところにあると思います。
カルトは、他人をどうにかしようと思います。偉大さは、世界のために自分が○○をやろうと思います。「世界のために」という考えがずれているなら、世界のために他人をどうにかせざるを得なくなっていきます。他人をどうにかせざるを得ないのは、それが世界のためではなく自分のためだからです。

「感謝と愛とプラス思考で生きていれば、どんな願望でも、信念と決意を持った行動によって、必ず現実となる」という創造の法則は、じつは、マザーテレサのような生き方そのものではないかと思えます。何かをやり遂げたどんな人の人生も、このような形になっているはずです。たとえどんな信仰があろうと、信仰がなかろうとも。

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