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[257]自然なお姫さまの強さ

  

 

前回、『自然なお姫さま』のお話を紹介しました。

月女は、父である王から、珍しい宝物をたくさんプレゼントしてもらっても、とくに感謝するわけでなく、「自然に宝物を頂戴します」と言っていました。

ここのところがわかりにくいでしょう。感謝は大切なはず。しかも、このお話、もともと仏教経典にあったものです。ものをもらって「ありがとう」と言わないことを推奨している? なぜ?

アメリカを中心とした成功哲学では、大きなお金をいくらでも稼ぐことが善とされています。ただし、稼いだお金は、自分一人が貯め込むのではなくて、どんどん世界のために回していく。それを貢献とか投資とか言います。

納税しても、かなりの部分が政府コストに消えてしまい、世界へ還元される部分は小さくなってしまう。事業への投資だったら、かなり多くの人へ雇用を創出し、物流を生み、人々の生活を豊かにするという論理です。たしかにこれを政府事業としてやれば、非効率このうえなく、コストパフォーマンスも低く、波及効果も低くならざるを得ません。

こうやって、20世紀は発展してきたはずです。

ところが、最近は、世界中で経済的格差が問題となり、労働者側からの反乱や抵抗が相次いでいます。経済はグローバル化し、世界を富が駆け巡っているはずなのに、なぜ?

日本人は、突出して稼ぐことをあまり善いことだと考えません。

人間の社会は、どうしたって、一人で生きていけない人間が、「お互い様」を回していく仕組みをもっています。回していくことの仕組みが、経済でもあるでしょう。だったら、稼ぐことは大切でしょう。

その一方で、稼ぐことが、さまざまな問題も引き起こしているのも事実です。そして、たくさん稼いだことで、幸せを減らしてしまう人も、少なくありません。では、稼がないことが清く正しいのかというと、それでは社会が回りません。

稼ぐ、ということが、違うものになってしまっているのではないでしょうか?

私が稼いだものは、私のもの。それはおかしくないですか? もちろん、共産主義のように、私有財産をなくすべきだなどと言っているのではありません。

日本には、すばらしい言葉があります。
「金は天下のまわりもの」

たまたま私のところへ回ってきたお金は、次に別のところへ回していく。自分のところで止めてしまわない。回す方法は、寄付でも投資でも何でもいいし、自分が望む方面へ回せばいいです。回せば回すほど、さらに自分のところへ回ってくる。成功哲学でも、まず間違いなくそのように言われています。私有財産とは、そのようにして自分をさらに豊かにしていくものではないでしょうか。

しかし、私有財産は、貯め込めば、他人を支配する力ともなります。支配する力として使われる経済は、世界を停滞させ、支配される側を貧しくし、その結果、経済が衰退し、支配する側も、力を失っていくでしょう。お金は、それ自体が価値を持ちません。世界を駆け巡るから価値があるのです。回らないお金は価値を持ちません。

お金が悪いものであるかのように言われることが多くなってきましたが、お金に善悪の色はないはずです。お金を別の何かに置き換えても、それを回さないなら、同じことでしょう。

「自然に宝物を頂戴します」とは、回していく心を表しているのではないでしょうか。

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