平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[262]依存と自然

  

 

『自然なお姫さま』は、依存的に見えるかも知れません。

自分で、こうしようと意志を持ち、計画を立てて実行するプロセスがありません。Plan→Do→See→Action、いわゆるPDCAサイクル(計画→実行→評価→改善)がありません。できごと次第、成り行きまかせに見えます。

なんとも、不安定で、ギャンブルのようではありませんか。

『自然なお姫さま』のお話の中で、乞食の夫と、王女だった妻が、たどりついた国で、何日間も、ただ座り続けていた場面があります。何もすること、できることがないので、ただ座っていたのです。

これは、奇妙ですね。ふつうなら、あわてて仕事をさがすなり、お世話になることのできる人をさがしたりするはずです。なんの寄る辺もない状態で、じっと座り続けていられるものなのかどうか。

人々が不思議に思って尋ねても、「ただ自然にこうしているのです」という答え。

人々は、その様子を、「ただ者でない」と感じました。やがて、大臣から依頼された僧侶が確かめに来て、国王として迎えたのです。ただじっと座っていることが、国王に値する価値なのです。

『わらしべ長者』もそうでしょう。

1本のワラが、豪邸に値する価値なのです。

『桃太郎』もそうでしょう。

たかがキビ団子が、人々の平和と繁栄に値する価値なのです。

かといって、私が形だけマネをして、1週間ほど道ばたに座り続けていても何も起きないでしょうし、ワラを100本持っていたところで、何も起きないでしょうし、キビ団子を持っていたところで、腐らせてしまうだけでしょう。

私が形だけマネをしようということ自体が、「依存」なのです。彼らの成功は、依存ではなく、天命(ミッション)の発現に他ならないのです。

どこでどんなことをしようとも、ミッションは、必ず形をとる。これが引き寄せの法則であり、『思考は現実化する』であり、創造そのものなのです。

ミッションとは、単なる思いではありません。単に思うだけで実現するなんてことはありません。自分が、なんとしても実現したいという、心の底から湧いてきて尽きることのない思いです。このようなミッションを見出せば、すなわち信念になります。自分のミッションと引き替えにできるものがこの世に存在しないからです。すると、恐怖も不安もなくなります。あせることもなくなります。絶体絶命のどたんばでも、必ず壊れません。

今目に前に、すること、すべきことがあるなら、それを全力でする。何もすること、すべきことがないなら、何もしないということを全力でする。ミッションとは、具体的な何かではありません。何もかもが、ミッションの実現への道となり得ます。

現実が動き、できあがっていくには、時間がかかります。その過程をコントロールし、時間を制御しようとするのが、人間ですが、それはミッションを見出していない人の行動パターンです。

ミッションとは、そんなちっぽけなものではありません。自分が全身全霊を傾ける価値のあるものなのです。だから、『自然なお姫さま』は、依存とは真逆の、究極の自立なのです。

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