平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

創造の力

[277]創造は、ゴールから始める

  

 

私たちは日常、計画を立てて、物事を進めます。何か、達成したい目標があって、どうすればそこへたどり着けるかを、計画します。ある程度のことは、こういうやり方で、どうにかなります。

しかし、いま解決しなければならない問題があって、それを解決するにはどうすればいいかまったく検討もつかないとき、あるいは、解決するには何かを犠牲にせざるを得ないがその犠牲を容認できないとき、どうすればいいでしょう?

そういうときの、創造です。

創造が必要なとき、競争原理を用いてはいけません。競争原理で考えている限り、どんどん事態は悪化します。

計画を立てて進めるとき、どのような目標を設定したとしても、「現時点」を出発点に考えています。今の状態から、どうやってそこへたどり着くか。無計画に行き当たりばったりで生きている人も、「現時点」で考えています。その意味では、計画的な人も、無計画な人も、出発点が「現時点」であることに変わりません。

いっぽう、創造は、「未来」を出発点に考えます。つまり、問題が解決された状態です。解決不可能な問題が解決された状態というのは、ある意味、空想です。言い換えると、現実とはリンクしないイメージです。

現実とはリンクしないので、そもそも競争などありません。

現時点からそこまでたどりつく経路は見えないので、考えません。考える必要がないのです。

究極的な問題解決は、「世界を救う」ということのバリエーション内にあります。必ずしも「世界を救う」という言葉でなくとも、家族とか地域とか会社とか国家とか、そういう限定された世界でなく、世界のすべてを救うということです。とはいえ、人間は世界のすべてを同時に扱うことはできないので、自分の手の届く範囲、縁のある範囲のことしかできません。

そしてまた、「オレが世界を救ってやるのだ」となったときは、世界を救うのではなく、力の誇示をしているだけです。世界を救うとは、世界が世界を救う働きをしていることに沿った生き方をするということです。何をするにも、一人ではできません。多くの人々と、相乗効果を作らねば、何もできません。

世界を救うというミッションは、究めて抽象的です。その方向へ進むにあたって、具体的な目標が出てくるでしょう。その目標は、世界を救うための過程にあるものです。そして、たいがいの場合、その具体的な目標でさえ、どうやって実現すればいいかわからないものです。

中間に、具体的な目標を何段階か設定することで、ミッションが強力になります。その目標達成が真の目的ではないので、ミッションのために目標が変更となっても差し支えありません。だから、ミッションに向かって進む限り、目標が達成できなくても、失敗ではなく、挫折でもないのです。

創造は、ゴールから始めることに他なりません。

ゴールとは、現時点では及びもつかない「すばらしい状態」のはずですから、考えるだけでも、最高に良い気分となるはず。これ、大事です。モチベーションの源泉です。

しかし、これでは、単なる夢想家と区別が付きませんね。

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