平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

創造の力

[278]創造は、「今」に集中する

  

 

近代文明の中で生きるには、目標を設定して、計画を立てて実行します。

創造とは、ミッションに沿った目標があったとしても、計画は不可能です。現状と目標をつなぐ経路が見えないからです。経路が見える場合は、創造ではありません。どんなに大きな目標であったとしても、計画通り実行すれば達成が可能であると見通せます。それは、「現時点」を出発点に考えることです。現時点を出発点とすれば、すでに競合や障害が多数あるはずなので、「競争」が避けられません。

創造は、現時点ではなく、未来を出発点として考えます。そして、現時点と未来をつなぐ経路は見えません。だから、計画はありません。

無計画の、行き当たりばったりと、どう違うのでしょう?

創造には、ミッションがあります。強力な羅針盤があります。だから、どんなふうに道をたどろうとも、迷いません。「行き当たりばったり」は、ミッション、すなわち羅針盤がないので、迷い続けます。実際のところ、すべての人間はミッションを持って生まれてくるので、迷っているわけではないのですが、自分が意識する状態と違う方へ行くので、うまくいかないように見えてしまいます。

世界を救うというミッションを持つと言うことは、自分のミッションを自覚することなので、自分の意識と人生の進む方向が一致し、すべてがうまくいくように感じます。

良き未来を夢みるだけの夢想家とは、どこが違うのでしょう?

夢想家は、行動しません。いくらミッションがあっても、動かなければ向かいようがありません。夢想家は、臆病です。そして、無責任です。だれかがミッションを達成してくれると願っている。自分は良いことを信じているのだから、自然とそのようになっていくのだと、勘違いしている。

そうはなりません。これは、一部のスピリチュアルな人々が陥る罠です。思考だけで現実が動くことはありません。もしそうなら、私たちの肉体は不要です。

ミッションへ向かう経路が見えないなら、どうするのか?

「今、目の前」に集中します。それしかありません。そこには、競争など存在しません。自分に起きる現実に、最大限の対応をする。結果を欲張ってはいけません。早まってもいけません。そんなことをすれば、一気に競争原理へ落ちてしまい、創造がかなわなくなります。

何事も、しかるべき時間が必要です。自分一人ではできないので、さまざまな人々との関わりが必要です。人々は、あなたの奴隷ではありません。人々の思い、環境がだんだんと整っていくことが必要です。

少し前にお話ししました『自然なお姫さま』は、まさにそうではありませんか。彼女は、行き当たりばったりの人生ではありません。大きなミッションを持っていたからこそ、今目の前に集中し続けることで、偉業を達成できたのです。彼女がミッションを持っていたことの証拠は、いきなり国王の座がめぐってきたとき、最高の仕事をなして、国民を幸せにしたことと、その時に父へ言った言葉、「今私はほんとうの自然を得た気がします」にあります。

『桃太郎』もそうです。鬼退治に出るとき、どうやって退治するかという計画はありませんでした。あったのは、大きなミッションと、今目の前へのフォーカスだけです。

どんな物語(事実であろうと、創作であろうと)でも、目標に向かって計画通り実行したという話は感動を呼びません。感動を呼ぶならば、必ず、創造の原理になっています。

でも、近代文明の合理主義に浸かりきっている私たちは、創造の原理を信じることは難しいです。目標と無関係に見える現在の行動が、意味あるとは思えないのです。

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