平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

創造の力

[279]創造は、「神のお告げ」

  

 

私たちは、頭で考えたり心で感じたりしながら生きています。

ところが、そういう「意識」とは別に、もっと深いところに別の「意識」があるらしいと、だんだんわかってきています。心理学では「深層意識」などと言うようですが、人によって、呼び方はまちまちです。

とくに、アメリカや旧ソ連では、人間の能力を飛躍的に向上させる研究がさかんで、その成果は日本でも翻訳されて出版されています。

その中の1つ、『頭脳の果て』(ウィン・ウェンガー)は、非常に興味深いです。人間には、とくに自覚できない意識部分に、把握しきれないほど無限の力が備わっていることが示されています。

こういう能力は、論理的に証明することが困難ですが、やりようによっては再現可能です。私が興味深く感じたのは、その中の1つ、「モデル思考」というメソッドです。

実在する人間であれ、架空の人物であれ、人間以外の動物などであれ、自分がその存在と同化するイメージトレーニングをすれば、その存在が持っている能力を身につけることができるというものです。「天才を借りる」と表現されています。人間には潜在的にとてつもない能力があり、それを引き出しているのだということです。

非常に驚くべき内容ですが、私にとっては、デジャブのようです。というのも、他にも多くの方々が、これに似たことをさまざまな形でおっしゃっているからです。成功哲学や自己啓発を語る人たち、ビジネスの大御所、脳科学の専門家、その他、いろいろなところで見てきました。

では、なぜ、ほとんどの人は、こういう力を活用できないかというと、これもまた、どこでも同じようなことが言われています。

人間には、無限の力を抑圧する働きがあるのです。その筆頭が、「私はつまらない人間だ」という思い込みです。「できるはずがない」「わからない」「難しい」「彼と私は違うのだ」こういう思い込みです。

『頭脳の果て』には、私たちの潜在的な能力は、あらゆる問題への答えを持っているとも書かれています。自分の潜在意識へ問いかけてその答えを得れば良いのだとも。

これも、デジャブのようです。

宗教的な「神のお告げ」ではありませんか。昔から、人々は、潜在意識の力を活用してきました。それを、神とか仏とか呼んできたのです。神や仏が目の前に現れて直接何かをしてくれたという経験を持っている人はめったにいないのに、どうして人は宗教を信仰するのでしょうか。

実際には助けてくれないのに。

いや、実際に、助けてくれるのですよ。導いてくれたり、ヒントを授けてくれたり、能力を与えてくれたり。もうわかりますね。これらはじつは、自分自身の潜在的な力に他ならないのです。それを神や仏と呼んできただけなのです。

神や仏は実在しないから宗教は無意味だ。それもよいでしょう。

自分と違う存在として神や仏がいて、そこへお願いすることが宗教なのだと思っているなら、そのような信仰から得られるものはあまりないかもしれません。人間の生き方を制約することが宗教だと思っているのなら、やはり、得られるものはあまりないかもしれません。信仰していればご利益があると考えるだけなら、得られるものはあまりないかもしれません。死んでから天国へ行くのだと考えていても、得られるものはあまりないかもしれません。

創造原理とは、「神のお告げ」そのものなのかもしれません。その神は、いいかえると、深層心理であったり、潜在意識であったりしますが。

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