平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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創造の力

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[291]世界を信じる?

  

 

競争原理に対して、創造原理を提唱したいです。

創造原理は、目標に向かって計画を立てて進むことができません。現在と目標とがつながらないからこそ、創造なのです。なので、創造原理は、未来の姿を出発点として考えます。

創造原理には、競争はありません。というか、本来、現実世界は競争原理ではないのに、近代文明を生きる私たちは、競争原理が世界の真実の姿だと思い込んでいます。

誰かが得をすれば、誰かが損をする。誰かが幸せになれば、誰かが不幸になる。だとすれば、あまり大きな幸せを求めない方がいい。まあせいぜい家族を何とかできれば良しとしよう。金儲けも良くない。起業して成功するなど、強突張りのすることだ・・・

本当にそうなのでしょうか? とてもおかしくないですか?

植物は、次から次から芽を出し、育っていきます。一粒万倍。その過程で、多くの実りを生じ、多くの生き物へ分かち合います。どんどん、どんどん産み出していきます。そうして、世界は成長していきます。どうみても、ゼロサムゲームではありません。

人間も、たくさん、たくさん価値を生み出し、モノをつくり、幸せを創り出していくべきではないでしょうか?

競争原理で考えるから、悲惨な人々、救われない人々を作り出してしまうのです。彼らを救うには、私たちが倹約してはダメです。もっともっと、産み出さねばなりません。縮小するパラダイムは、不幸です。

その一方、拡大志向、成長思考が、不幸を産み出してしまうことも多々あります。なぜでしょうか?

競争原理で拡大、成長をするからです。

競争原理とは、「自分さえよければよい」というパラダイムです。どんなに善意であろうと、競争原理に生きる限り、他人を救うことも世界を救うこともできません。だって、他人を救うには自己犠牲が必要となってしまいますから。

そんなバカげた考え方は、もうやめませんか?

世界はそんなに狭くはありません。狭いのは、私たちの心です。

私たちは、大きな幸せを望み、求めるべきです。それこそが、発展であり、成長であり、世界を救うことです。私が幸せになっても、誰も不幸になどなりません。私がいくら稼いでも、誰も損をしません。それより、私が、へんてこな競争原理を信じるあまり、小さな幸せを望み、なるべく稼がないようにするほど、世界は問題が大きく深くなり、多くの人々が困ります。

もちろん、競争原理に立つならば、私の幸せ、私の成功が、他人を損ねるでしょう。「自分さえ良ければいい」というのですから。そして、競争原理に立つならば、私が幸せをあきらめ、成功をあきらめても、だれも良くなりません。

創造原理とは、「世界を救うというミッション」を持って、日々を生きること。たったこれだけのことなのです。

「世界を救う」というのは、何も、寄付をしたり、海外へボランティアへ行ったりなどというアクションを指すのではありません。もちろん、そのようなアクションを自ら志願して行うなら、それも尊いでしょう。

しかし、自分の仕事、自分の勉強、家事、育児、自分の為すべきこと、いくら小さなことに見えても、「世界を救うというミッション」をもつなら、それは、世界を救う行為です。

自分が良いと考えて選択した行為なら、すべてが世界を救う行為です。そして、ときおりそれを検証します。さらに世界を救うにはどうすればいいかと。世界中の人がこのように生きたら、世界は変わりますよ。間違いなく。すべての人が、昨日までと同じことをし続けたとしても。

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