平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

モモナナじぇーぴー

メイン
創造の力

創造の力

[297]心地良い破壊からフィードバック

  

 

破壊にも、「心地良い破壊」があり得ます。ふつう、破壊は、誰かを、何かを傷つけます。これが競争原理です。私たちは、誰かを傷つけずに何かをもたらすことはできないと、考えています。

心地良い破壊は、誰も傷つけません。

森の手入れをすることで、誰が傷つくでしょう? 木を切り、草を刈ることで、木々が活性化します。森が豊かになり、環境に対して強くなり、動物や植物も暮らしやすくなります。

このような状態を、動物や植物が創り出すことはできません。人間にしかできません。このまま放置され続けると、森は活力を失い、衰退していきます。

しかし、ときおり、暴風雨、大雨、地震、落雷、山火事、火山の噴火などの自然災害によって、状況が大きく変わります。すると、自然の自己修復機能が活発に働き始めます。自然災害は、地球が自ら行う新陳代謝の一環とみなすこともできます。

人間にとって、災害はあまり歓迎したくありません。

創造原理という私の考え方は、地球を生命体と見なすのみならず、この世界のあらゆる存在とあらゆる出来事は世界に必要とされ、意味づけられているという基本があります。

宗教的で、スピリチュアルで、非科学的です。

では、このような前提を否定してみましょう。世界のあらゆる生命は、偶然生まれ、死んでいきます。環境に影響されつつ生きますが、その環境がそこにあることに特別の意味や理由はなく、偶然です。出来事や自然の摂理は、ある一定の法則が存在するものの、その法則が存在する理由はとくにありません。たまたま自然界にそのような法則が存在しているだけです。人間は、死んだら無に帰すので、それまでのことです。

少々、強調した書き方をしましたが、「科学的」とは、こういうことではないでしょうか?

かつての宗教による干渉や固定観念を排除した科学が、爆発的に文明を進化させた功績は、偉大です。そのおかげで、私たちは、豊かさと便利さを享受できています。それだけではありません。科学の進歩が、世界をひとつにしようとしつつあります。かつて、世界を細かく分け隔てていた物理的な壁は、すでになくなりつつあります。私たちは、未体験ゾーンへ入りつつあります。どうしても、新しいパラダイムが必要とされています。

科学は、「世界がどうなっているか」を解明します。しかし、「なぜそうなのか」に対しては、無力です。生きる意味、出来事の意味、世界の意味です。

東日本大震災で、地震や津波が起きたメカニズムは科学が解明します。しかし、人々は、「なぜ、彼らは死んだのか? なぜ死なねばならなかったのか? 彼らの人生は、何だったのか?」と、問い続けています。その答えを、科学は提供しません。

現在、科学が高度に発達した状況にあって、今までにない解決困難な問題が、個人レベルでも、国家レベルでも、世界レベルでも、噴出しています。科学は、競争原理を越えることができないでしょう。科学は、現在の困難な問題を解決できないでしょう。新しいパラダイムが必要です。

いま、必要なのは、「意味」ではないでしょうか。意味とは、出来事や存在を世界につなぎ止める力です。意味は、解明ではなくて、解釈です。科学が解明した「事実」を、丁寧につなぎ合わせる。科学上は、それぞれの事実はバラバラで、矛盾さえしています。すべてを、矛盾なく、つなぎ合わせます。いわば、物語ですね。創作ではありません。現実を、あるがままに、つなぎ合わせるのです。

「心地良い破壊」とは、そのようなものなのです。しかし、「心地良い破壊」を科学的に解明することは、不可能です。体験し、感じ、現実の問題へとフィードバックすることです。それが、独善的であったり、「単なる破壊」に陥ったりすることを防ぐためにも、ブレイン・ストーミングが必要です。

前へ前へ  TOPTOP  次へ次へ