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[298]善い桃太郎と、悪い桃太郎

  

 

日本の昔話の中で、最もなじみ深いのは、桃太郎ではないでしょうか。

すべての日本人が知っている話は、桃太郎のみかもしれません。非常にシンプルで、メリハリがあり、わかりやすいです。

1. むかしむかし、おじいさんとおばあさんがいました。
2. おばあさんが川から桃を拾ってきました。
3. 桃から子どもが生まれ、桃太郎と名づけました。
4. 桃太郎が大きくなると、鬼退治に出かけました。
5. おばあさんは、キビ団子をつくって持たせました。
6. 途中、犬とキジと猿がキビ団子をもらって家来となりました。
7. 鬼ヶ島へ着くと、桃太郎たちはチームワークを発揮して鬼を退治しました。
8. 鬼の宝物を持って村へ戻り、桃太郎たちは幸せに暮らしました。

すべての神話がもつパターンである「ヒーローズジャーニー」にどんぴしゃの物語なので、大ヒットしたのかもしれません。

しかし、戦時中には、鬼を英米と見なし、桃太郎を軍部あるいは天皇と見なし、犬とキジと猿を日本国民と見なして、戦意を鼓舞するために利用もされました。

実際のところ、桃太郎にはかなりのバリエーションがあるようです。

鬼一族は、幸せに平和に暮らしていたのに、桃太郎軍団が理由もなく侵略し、鬼一族を征服し、虐殺し、恐怖に陥れ、武力で支配し、鬼一族の財産を略奪して凱旋したというパターン。これを「帝国型桃太郎」と名づけます。

桃太郎が暮らす村へ、鬼たちが攻めてきて、略奪、殺傷をしました。桃太郎は、祖国を守るため、決死隊を構成し、反撃を加え、防衛を果たしました。奪われた財産は取り戻しましたが、失われた命は戻りません。相手の命を奪ったのみです。これを「防衛型桃太郎」と名づけます。

桃太郎は、繁栄している鬼一族を知り、その秘密を探ろうと、チームを組みました。鬼ヶ島へ視察に行ったところ、鬼一族は、桃太郎たちにない哲学やスキルやシステムをもっていることを知り、桃太郎たちがもつものと交換することを申し出ました。鬼一族からもメリットのある話で、双方が合意し、交流が始まりました。これを「交流型桃太郎」と名づけます。

桃太郎の原話から、いずれのパターンも導くことができます。

いずれも、「成功」として締めくくることができますが、後日談はかなり変わってきます。

帝国型の場合、必ず、報復が生じます。エンドレスに、憎しみと復讐の連鎖が続いていきます。
防衛型の場合、強くなければいけないという価値観が増進し、軍備増強と競争原理へまい進していきます。
交流型の場合、相手の繁栄が自分の繁栄につながるため、平和のみならず、相乗効果ももたらし、さらなる繁栄が生じます。

現実の世界では、どのパターンも実際に存在します。

とくに、帝国型の場合、勝った側は「栄光の開拓」でしょうが、負けた側は、「虐殺と侵略と略奪」と思うでしょう。負けた側にとって、「終わり」にはなりません。

しかし、桃太郎軍団が「理由もなく」攻めてきたかどうかは、いちがいに言えないかもしれません。鬼一族も、別の何かに対して、競争原理をもっていなかったでしょうか。

このようなシンプルなストーリーでも、様々な解釈が可能です。解釈によって、現実は大きく異なります。当然ながら、これからは交流型を主にしていくべきでしょう。最も発展をもたらすのが、帝国型や防衛型ではなく、交流型なのだとなれば、争いなどやってられるでしょうか?

3つの選択になり得ないほど、圧倒的に交流型が有利である、という現実は、未だ見えません。それは、夢物語でしょうか?

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