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創造の力

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[302]意味を見出すという学び

  

 

一般に学びというと、すでに発見された法則や事実を知ることを言います。

私は、京都府南部の童仙房という山の上の集落で、インターナショナルスクールを作りたいと考えています。

その目的は、20世紀のパラダイムで解決できない問題を解決し、良き世界が作られることへ貢献するということです。

その背景にあるのは、次のような考えです。
20世紀には、飛躍的に文明が発展し、人類の豊かさと幸せに多大な成果をあげました。その20世紀のパラダイムは、まさに競争原理そのものです。競争原理がいちがいに悪いというわけではありません。しかし、20世紀の末ごろから、世界がシームレスにつながる方向へ動き出しています。その結果、国家や、政治・経済・行政・社会保障など国家が作るシステムが行き詰まりを見せています。また、個人レベルから世界レベルまで、競争原理では解決できない問題が噴出しています。これらを解決するには、競争原理を越えねばなりません。つまり、解決できない問題を解決することこそ、次世代に必要とされるパラダイムが現出することとなるはずです。

対象となる人は、まさに問題を抱えている当事者です。彼らは、問題解決なければ、未来がありません。そしてまた、彼らから授業料や学費を徴収することは適切ではありません。彼らが問題解決することで生じてくる事業による配当を回収することで経営をできないかと考えています。すなわち、学費や授業料や滞在費は無償です。

先生が生徒に教える形態は、20世紀型です。すでに発見された法則や事実は、インターネットや書籍などで、いくらでも知ることができます。わがスクールでは、そのような「学び」は想定していません。

では、何を学ぶかというと、「意味」です。

20世紀までの科学は、「意味」についてはほぼ無力でした。宗教が、ある部分の「意味」を提供してきましたが、それは、その教義の範囲内における意味です。そうではなくて、世界の「意味」を学ぶのです。

世界のあらゆる存在、人々、出来事が、それぞれに意味を持たず、ただ存在するという事実があるだけだと考えるから競争原理に陥ってしまうのです。

しかし、ちょっと考えればわかるはずですが、どんな存在も、ぽつんと単独であるわけではありません。どんな出来事も、他の出来事と複雑に関連しあって生じています。1つの出来事が、歴史の年号を暗記するかのごとく、ぽつんと生じるわけがありません。

20世紀には、そのような存在や出来事の意味に、あまりに無頓着でした。

あらゆる存在や出来事が、たった1つのかけがえのない地球を作り上げています。その「事実」を、だれもが否定できないはずですが、私たちは、あまりにそれを無視してきました。だから、競争原理に陥ってしまうのです。

「意味」とは、たった1つの地球を作り上げているという事実を学ぶことに他なりません。しかしながら、私たちの周囲を見渡しても、苦しみ、悲しみ、憎しみ、嫉妬、敵、ライバル、不安、不信、災害、戦争、犯罪など、およそ容認できないものが満ちあふれています。これらを容認しないなら、競争原理です。

容認するとは、何でもかんでも「良し」とすることや、仲よくするという意味でもありません。なぜ、そのような現実があるのか、なぜそのようなことが起きるのか。世界を作り上げるための、なんらかの意味があるはずです。

過去に、偉大な創造的な業績を残された方々は、競争原理ではないパラダイムを持っていました。それを私は創造原理と名づけています。競争原理が人間の文明を飛躍的に発展させたのですが、同時に、競争原理は、人間が本来持つ能力を大幅に抑えます。

私たちが持つ能力をいかんなく発揮するためには、競争原理から脱出する必要があるのです。

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