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[303]意味は、部分の積み上げではない

  

 

競争原理から脱出するには、「意味」を考えることだと思います。科学は、意味を考えません。意味とは、「何かの意味」ではありません。世界を考えることです。

世界は、どう見たって、1つです。いくつかの世界があるなどというわけはありません。

競争原理は、つまるところ、「自分さえ良ければよい」ということに尽きます。「自分」を「自分たち」に置き換えようと同じです。何かを犠牲にすることと引き替えに、自分が良くなろうとします。それが世界の真実の姿だと考える人が多いようですが、それは世界ではありません。

競争原理がどこから生じるかというと、あれとこれを区別することからです。1つの世界には無限に多様な存在があります。多様でなければ、世界は「成長」が生まれません。多様であるということは、それぞれに違いがあります。

その「違い」は、あれとこれを別のものとするのではなく、あれとこれが互いに成長するためのものです。

区別するのが諸悪の根源だというと、すべての違いをなくすべきだと考えるのは間違いです。違いは無限にあります。

たとえば、あなたの体において、腕と足と心臓は、それぞれ違いがあります。でも、あなたは、腕と足と心臓を区別していないはずです。ぜんぜん違う形をしていて、違う機能を持っているのに、あなたの体を成り立たせるために活動しています。

世界のあらゆる存在も同じようなものです。

競争原理とは、腕と足と心臓が互いに犠牲をしいて競争するわけです。これがどんなにバカげていて、現実離れしているでしょうか。

私たち人間は、何も考えなくとも世界の一部ですが、人間は、より幸せに生きたいという欲求を持っています。

人間は、「幸せとは何か」と、大昔から哲学し続けてきました。私は、その答えを明確に示します。「世界を救うこと」です。「私」を基準にして「私の幸せ」を考えるから、いつまでたっても見つからないのです。「自分探し」をするから、「自分」が見つからないのです。

『夜と霧』で言われています。
「わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ」と。

つまり、私たちは、世界から区別されて存在しているのではなく、世界とともに存在しているのです。しかし、私たちは、誰とも別の存在として私があるのだと思いがちです。だから、「私」というものを探そうとする。そして、ますます見失ってしまう。

膨大な情報を扱うには、7つ以内に分けて階層思考をするしかないと言いました。

そのための方法は、個別の情報を積み上げていってはだめです。科学は、個別の情報を積み上げようとします。だから、永遠に「意味」にたどりつきません。

科学は、「私」という青い鳥を探し続けるがごときです。

世界の意味から、個別の情報を見なければ見えません。階層思考は、下層から積み重ねては構築できません。最上位から個別へ降りてこなければダメです。

科学は無駄などと言っているのではありません。個別の情報を見極めることは必要です。それを可能にするのは科学の力です。しかし、意味を見出すには、科学とは違うパラダイムが必要なのです。

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