平凡な人が、創造の力を使って、人生を変えるプロジェクト

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[304]世界の健康

  

 

人間の体は、とくに意識しなくても健康が維持されるようにできています。

健康のバランスが崩れかけても、修正されるし、バイキンが入ってきても退治するし、ケガしても出血が止まり、自然と治っていきます。昼と夜で、交感神経と副交感神経が切り替わり、活動したり休んだりします。体のすべての部位が、うまく機能して、健康を保っています。

ところで、健康って、何でしょうか? 病気がない状態のことでしょうか?

病気で苦労している人から見ると、病気のない状態が健康と思えるでしょう。でも、それだけでいいでしょうか?

人間は、幸せになりたいと望んでいますし、そのためにいろんなことを考えて、いろんな活動をしています。健康でなければ、そのような活動はできません。では、病気のある人は幸せになれいのか、というと、そんなことはありません。重い病気をもっていても幸せを感じながら生きている人はいっぱいいます。病気がなくても、幸せを感じられない人もいっぱいいます。

それはまるで、お金と幸せの関係のようですね。お金がある方が幸せに近づけると思うけど、お金がなくても幸せな人もいれば、お金がたくさんあっても不幸な人もたくさんいます。健康があれば幸せであるように思うけど、健康と言えない状態でも幸せな人もいれば、健康なのに不幸な人もいます。

じゃあ、お金や健康が幸せと関係ないかというと、そうでもないでしょう。あるにこしたことはない。

要は、お金や健康をどう使うかが、幸せかどうかの分かれ道ではないかと思うのです。

健康とは、単に病気がないだけでなく、日々、成長を感じられるような生き方をすることではないでしょうか?

たとえば、運動にしろ、仕事にしろ、どんな活動でも、それをしている最中は、体に負荷がかかります。「しんどい」と感じるはずです。しんどいという感覚が、健康にはとても大事なはずです。しかし、健康を壊すしんどさもあります。悪性のストレスなんかがそうですね。悪性のストレスとは、成長に結びつかない負荷です。

しんどいことはなるべく避けたいので、人間は楽をしようとします。すると、生活習慣が乱れます。すると、そのうち、健康を損ねてしまいます。生活習慣を正しくするとういことは、なかなかしんどいものです。このしんどさを避けて健康が失われるなら、このしんどさはよほど大切なものなのでしょう。

私たちの体には、腕や足や心臓や、非常にたくさんのパーツがあります。これらのパーツは、形も機能も多様です。しかし、体から切り離してしまうと、何の「意味」もなく、存在すらできません。体の一部として働いてこそ、意味をなします。健康のために、それぞれの部位が、それぞれにベストを尽くしています。もし、腕や足や心臓が、競争原理で働き出したら、人間の体は、いったいどうなってしまうでしょう? それぞれの部位が、「オレは好きに生きるんだ」と主張しだしたなら?

人間は、世界という体の部位にあたるという考えはできないものでしょうか?

あなたには、あなたの個性があり、あなたの人生があり、あなたの感情があり、あなたの命がある。だからこそ、世界を成長させるために、生きていくべきで、そうしてこそ、あなたは最大限の幸せを得られるはず。

人間の手も足も、体に貢献しようとしていなくても、貢献しています。体に貢献せずに手や足であり続けることは不可能です。

人間も、どう考えて生きようとも、世界に貢献しています。貢献せずに生きることは不可能です。しかし、個々の人間には、それぞれ意志があり、心があります。自分の人生をどのように作るか、ある程度決められます。そこが、他の動物と根本的に違います。

その意志や心で、どう生きるか。世界の健康のために使うことが最も自分にとってよいはずです。

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