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創造の力

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[308]階層思考は科学的

  

 

選択の力を使うには、階層思考が不可欠だと書きました。問題そのものをいくら眺めていても選択は不可能です。さまざまな要因を広く見渡してこそ、選択が可能となります。選択に必要なのは、むちゃくちゃな根性ではありません。広く世界を見渡すことです。それには、生まれつきの頭の良し悪しはまったく関係ありません。

階層思考は、じつは特別なものではなく、ふつうに、いろいろなところで見られます。

たとえば、生物。まず、動物、植物、それ以外に分けられます。そして、それぞれが、だんだん細かく分類されていきます。すべての生物は、この階層のどこかに必ず分類されます。

言語の文法もそうです。大きなカテゴリから小さなカテゴリへ。すべての単語は必ずどこかに分類されます。文法の体系がなかったら、コンピュータで言語を扱えません。文法の体系が、文明の発展へ多大な貢献をしたことはまちがいありません。

人間は、7つを越える選択肢(情報)を扱えないのですが、それを越えるには、階層思考が有効です。私たちは、ありとあらゆる分野ですでに階層思考を行っています。科学とは、階層思考そのものと言えるかも知れません。

ただし、科学で扱う階層思考とは、世界のすべてではありません。ある分野に限ります。違う分野の階層は、まったく違う世界です。

だから、その階層内の問題はよく扱えるものの、違う分野の問題は扱えません。そこで、どうしても競争原理から抜けられません。

競争原理を越えるには、世界を1つの階層で扱うことが必要です。だから、階層の最上位は「世界」でなければなりません。すると、その下層はすべて、世界から生じるわけですから、競争は生じません。AとBを個別に見ると競合するように見えても、階層をさかのぼれば、どこかで必ず1つになるのですから。

世界から降りていく階層思考は、絶対に世界と矛盾することがありませんし、どの要素も矛盾や対立がありません。だから、それぞれの要素からみると、「世界を救う」という原理が働いていることになります。

「世界を救う」という原理、あるいはミッションは、宗教的、精神的に感じられるかも知れませんが、階層思考から導かれるものだと了解するなら、きわめて科学的な思考だと言えないでしょうか。

ふつう科学は、世界を扱いません。階層思考の最上位に世界を置くかどうか。これが、絶大な違いをもたらすのです。

最上位が世界でないなら、世界を最上位とする階層の一部ということになります。それは、世界と矛盾しませんが、競争を生じてしまいます。世界を最上位とするなら、この世のすべての存在、情報、出来事が、階層のどこかにマッピングされることとなります。階層に入らないものは何一つとしてありません。

すると、あらゆる選択が可能となり、この世のあらゆることに可能性が拓けてくるはずです。

とはいえ、その階層づくりは、容易ではありません。

科学があろうとなかろうと、この世に多様な生物が存在します。その現実を、矛盾なく階層に体系化する作業は、非常に難しいものです。しかし、体系化することによる恩恵は、はかりしれないものがあります。だからこそ、人類は、あらゆる体系化を試みるのです。それが、科学の礎です。

私は、童仙房にインターナショナルスクールを作りたいと思っています。そこでなされる学びは、まさに、この階層思考なのです。

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