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[320]如意宝珠

  

 

如意宝珠は、「意のままに様々な願いをかなえる宝」です。

私たちは、如意宝珠へのあこがれがありませんか? 権威、権力、お金などを、如意宝珠だと思っていないでしょうか?

引き寄せの法則やプラス思考に、如意宝珠を重ねて見ていないでしょうか?

魔法、呪術、宗教に、如意宝珠を期待してはいないでしょうか?

如意宝珠とは、仏教で説かれる概念であり、すべての人間は努力して如意宝珠を手に入れるべしと説かれます。如意宝珠は、だれもが目指すべきであり、だれもが自由自在に使うべきであると、仏教は説きます。

しかし、如意宝珠という物体を見た人は誰もいません。

大施太子のお話があります。原始仏教で説かれたお話であり、様々な昔話に取り入れられていますが、だいたい元はこんな感じです。

大施太子は、世界中の人を幸せにしたいと願っていましたが、具体的に何をしても限界があります。そこで、如意宝珠を求めようと決意しました。如意宝珠は、海の底の竜宮にあります。いまだかつて、そこへたどりついた人間はいません。大施太子は、果敢に道を進みます。

途中で、大きな毒蛇にあいました。毒とは、人を害する心の現れである。ならば、慈しみの心で消せないはずはない。毒は火だ。慈しみは水だ。大施太子は、世界を愛する心を向けると、毒蛇は去っていきました。3回、毒蛇に会いましたが、だんだん大きくなっていきます。

やがて、竜宮へたどりつき、如意宝珠を手にしましたが、竜宮の武者たちが、奪い返しました。

大施太子は、貝殻で海の水を汲み出そうとしました。そこへ諸天善神が集合して力を合わせ、あっという間に海の水は干上がってしまいました。そして、大施太子は如意宝珠を手にし、世界を救ったとのことです。

この寓話から、3つのことを学べます。

1. 毒は、慈しみの心で消える
2. 貝殻で海の水を汲み出すことができる
3. 如意宝珠は世界を救うためのものである

毒蛇は、この世の姿でしょう。争い、憎しみ、嫉妬、苦しみ、悲しみ。こういったマイナスの感情に、私たちは、立ち向かいます。火に油でもって対するがごとしです。すると、ますます燃えさかります。火には、水を向けねばならないでしょう。

如意宝珠という概念は、仏教のものですが、大施太子のストーリーは、何のことはない。ヒーローズジャーニーそのものではありませんか。

ヒーローが、なぜヒーローたり得るのか。ヒーローが「自分さえ良ければ」と考えているなら、ヒーローでもなんでもありません。ヒーローは、自分よりも世界を大事にするのです。それが結局、最も自分を大事にすることとなるのです。このような価値観は、仏教だけではなく、世界中に存在します。

ガルシアへの手紙、自然なお姫さま、桃太郎、如意宝珠、その他、ギリシアのオディッセウスも、インドのラーマーヤナも、どんな偉人も、どんなヒーローも、如意宝珠を求める旅ではなかったでしょうか。

じつは、如意宝珠こそが、創造であり、21世紀を拓くと、私は考えています。人類の伝統的な知恵をひもとくと、どうしても、ある一点に集約されていくのです。

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